最新月分はここへ


今月のことば
「ネコ」「期待」
99/08/24

「期待」



 非常に無責任なものだ。
 たとえば先日発表されたAppleのiBookにしたって「薄くて軽いサブノートじゃない」などと批判しているバカがいるのだ。Appleは「コンシューマ用ノートパソコン」と言っただけであって、誰もサブノートなどとは言っていない。
 たしかに日本ではMac唯一のサブノート「PB2400」は売れたが、日本以外の需要はほとんどなかったと言っていい。Macは日本ローカルじゃない。
 まぁ、このように大半の期待というのは現実から離反していく。さらに悪いことにもし仮に期待が何らかの偶然(ドブ川にザリガニを釣りに行ったら、なぜかマグロを釣り上げてしまったくらいの)で現実と一致したとしても、賞品がもらえるわけでもなく、今まで以上に「この前やってくれたんだから、今度もやってくれるだろう」などという期待を生み出してしまう。
 少し前に水泳選手の千葉すずが「メダルキチガイ」と発言して一騒動あったが、あれも視聴者の自分勝手なエゴだ。
 そう、エゴだ。
 BMが自分たちの思い通りのゲームにならないことをコナミのせいにするのも、自分が好きになった人が自分のことを好きになってくれないから殺してしまうのも、期待感から生み出されるエゴの仕業だ。
 「期待」って言葉は「売春」に対して「援助交際」が持つ(言葉上の)役割ににている。すなわち「期待」とは「エゴ」から毒々しさを抜いた言葉なのだ。
99/08/06

「ネコ」



 ことばのちから第1回はこのページのタイトルでもある「夜のシマネコ」から「ネコ」について語ってみたいと思う。

 ネコと犬というのは、だいたいの世界において2大ペットであり、どちらかを買った覚えがあるという人は非常に多い。
 ところが、犬の場合は長い歴史の中で「人間の友」というイメージが定着しているのだが、ネコはそうではない。
 ネコというのは非常にすばしっこく、ずる賢く、人間に無関心を装いながらも、上手く利用して生きている。そんな印象がある。つまりのところ、あんまりいいイメージではない。
 なぜだろう。

 私は思うのだ。
 多分ネコには自我がある。
 きっとネコは「人間のペット」という立場をヨシとしないのだ。

 人間に取り入って成功したのが犬ならば、人間を小馬鹿にしているのがネコである。
 しかし、それでいながら人間がいることによって、自分たちの生存が許されていることも知っている。

 だからきっと人間は屈辱的なのだ。
 だからあんまりいいイメージをもたないのだ。
 ネコはネコのくせに生意気なのだ。

 ネコも犬のように「人間のペット」になってしまえば楽なんだと思う。
 でも、ネコは意地でもそうしない。
 そんなネコが私は好きだ。
Return Home