シンジ君だった


文責 赤木智弘(東天王ヨブ)

 今更エヴァって言うのも何だろうなという気がしないでもないけど、少なくとも「現在の自分をもって測るしか評価しえない」という非常に希有な作品であるため、ちょっと利用させてもらう。

 甘き死よ、来れの歌詞を転載。

 不安なの。/不安なの。/みんなに嫌われるのが、怖い/自分が傷つくのが、怖い。/でも人を傷つけるのが、もっと怖い。/でも、傷つけてしまう。/好きな人を傷つけてしまう。/優しさはとても残酷/心を委ねたら、私は壊れてしまう/心が触れ合えば、あの人は傷つく/だから、私は壊れるしかない/無へと還るしかない/無へと還ろう/それは、優しさに満ち満ちたところ/そこは、真実の痛みのないところ/心の揺らぎのないところ/無へと還ろう/無へと還ろう/他人のいない無へと還ろう/無へと還ろう/無へと還ろう/傷つく事のない無へと還ろう・・・

 当時の俺はこの歌詞に凄く共感してた。
 その頃の俺はシンジ君だった。
 でも、今は違う。この歌詞に共感はしても、賛同はしない。

 違うんだ、シンジ君。
 人に「みんな」は必要ないんだよ。
 人は人、自分は自分。
 そう割り切ることが成長の証。
 ただし、本当に愛すべき対象にだけは自分のメンタリティを預けてしまってもいい。


 好きな人を傷付けたり、傷つけられたりするのなんかは当たり前なんだ。
 その程度で壊れる愛ならば、所詮それまでだ。
 自己を愛せよ。他人を疑え。
 他人を疑って、疑って、疑って、疑って、疑って、疑って、疑って、疑って、疑って、
 それでも疑えないなら、その時初めて他人を愛せ。
 その程度で壊れる愛ならば、所詮それまでだ。


 自己と他者。狂おしいほど他者愛に満ちあふれている。
 でも必ずそれは裏切られる。


 他者を疑え、他者を疑え。
 こいつらは人じゃない、人間なんかじゃない。
 世界に人間はほんのわずかしかいないんだ。
 そのわずかな人間を見つけて、その人達を愛せ。
 共に生きよ。


 愛してくれる人間に金づちを振るっても構わない。どうしても辛いなら。
 人間はちょっと困ったような顔をして、そしてちょっとだけ怒って、君のことを許してくれるだろう。
 逆にそれが人間でないならば、それが君に金づちを振るってくる。その時は切り捨てればいい。


 コミュニケーションってのはわずかな「人間」を見つけるための作業だ。
 たった一人の愛する人を、たった数人の友人を見つけるための作業だ。
 俺はこのサイトでそういう友人を何人も見つけた。だからとても幸せだ。


 他者に評価されて初めて自分があるんじゃない。
 自分を自分と認識するところに自分があるんだ。
 自分を愛せよ。自分の基準で他者を見ろ。
 なぁに、恐れることはない。
 自分はここにいるんだから。


 何も心配することはない。
 何も恐れることはない。
 何も嘆くことはない。
 何も悲観することはない。

 自分は、そして君はいつだってここにいるんだから。


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