前田日明引退試合について


文責 赤木智弘(東天王ポチ)

 とある小さなバーに一人の男がやってきた。
 彼はボロボロの身体を引きずり、イスに腰をかける。
 無骨だが繊細なマスターは彼の重くて余りにも大きなコートを肩からそっと外した。

 さて、見に行ってきました、前田日明引退試合。
 アレクサンダー・カレリンという最強の相手と戦った前田。
 もちろん負けましたよ。ええ、もう残酷なまでに力の差を見せ付けられて。

 元々勝てる見込みなどない戦いだった。
 前田は40歳、もう当に全盛期は過ぎ、身体には多数の爆弾を抱えている。
 カレリンは31歳。格闘家としての全盛期まっただなか。
 本当だったら、絶対勝てない戦いだった。

 ところがファンは誤解をしていた。
 前田が勝てるものだと。
 俺も誤解してたよ。
 ひょっとしたら勝てるんじゃないかって。

 前田は昔から常にファンの幻想を受け続けてきたレスラーだった。
「前田ならやってくれる」
「前田なら勝てる」
 しかし前田自身は自分のイメージが肥大するのが嫌だった。
 自分のいないところで自分とは違う自分が自分として語られるのが嫌だった。
 しかし状況はそれを嫌うことを許さなかった。
 第一次UWF、第二次UWF、そして独りぼっちのリングス旗揚げ。
 常に前田はカリスマ性を持ったリーダーとして語られなければならなかった。

 俺は思う。
 この戦いは最後にして初めて、等身大の前田を見せた試合だったのではないかと。
 押さえ込まれる前田。
 投げ飛ばされる前田。
 持ち上げられる前田。
 カレリンという強大な相手を前に、等身大の一人のファイターとしての前田日明がそこにいた。
 そして、負けた前田。
 全力を尽くして戦い、負けた前田。

 それでよかった。
 負けてよかった。
 前田は決して最強ではないのだ。
 カレリンの方が強かったから負けた。
 そこには幻想もカリスマもなかった。
 ただ、勝ち負けという結果だけが存在した。

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」とはマッカーサの言葉だ。
 前田は消えたかったんだ。
 いつまでも幻想のように格闘技界をさまようよりも、そこから消えたかったんだ。
 消えるためにはどうしたらいいのか。
 それは己の本当の姿をファンにさらすことだったのだ。

 前田は消えることによって、残ったものを下の世代に明け渡そうとしている。
 だから試合後の前田は、自分の試合を振り返るよりも、今後のリングスの事を多く語っていた。
 そして、そのインタビューは控室で行われ、試合後の挨拶も特別なものはなかった。
 それでいいのだ。
 前田の引退に言葉は必要ない。
 前田が負けたそのことこそが引退の挨拶だったのだから。

 冒頭の3行。
 男は前田で、マスターがカレリン。
 カレリンは前田から、とても重い「幻想」という名のコートをそっと脱がせたのだ。

 本当にお疲れ様でした。


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