「価値観を押しつけるな君」への手紙
(インターネットで物を書くということに際して、私と同じ、物を書く人に対してのお願い)


文責 赤木智弘(東天王ポチ)

 私はこれからこのページでいろいろと物を書いて行きます。
 もちろん、どっからか金をもらって書いているわけではないので、誰に何を躊躇するようなことはありませんので、世間におべっかを使ったりする事無く、いろいろと書きます。
 ところで、それに際してお願いがあるのです。いや、ここだけではなくて、物を語る全ての人に対してのお願いです。

「価値観を押しつけるな」
という価値観を押しつけないでください。


 5流の生半可に自分の考えを描くような人がよく言う言葉の一つに、「価値観を押しつけるな」というのがあります。さらに続く言葉は「何をしても自由だろ」です。

 たとえば私がある人のいっていることに「それは違うよ」という。すると、必ずと言っていいほど「価値観を押しつけるな」と言う言葉が返ってきます。そして、「何を書くのも自由だ。お前にそれを潰す権利があるのか」と。
 まぁ、結論だけ言ってしまえば、潰す権利があります。だって、あなたはその文章を公開してるんだから、それを読んだ以上は、それに対して、意見、反論、賛同、などのことをする権利があるのです。
 逆にそういうことがいやならば、その言葉はあなたの秘密の日記帳に書いて、鍵をかけて誰にも見られないようにすればいいんです。
 確かに、インターネットのあなたのページに何を書くのも自由です。けれどもその書いたものに対しての責任は必ずとってください。

 日本人という連中は、なぜだか知らないけど、常に物事を曲解する癖があります。
 だから、一言「自由」と言うと、「何をしても自由」ということになってしまう。
 まぁ、もとより「自由」なんてことを知らなかったのが今までの日本人ですから、過渡期のそういった間違いは仕方ないのかも知れません。しかし、間違ったままでいいということはありません。
 自由には重大な責任がつきまといます。それは義務です。その義務を果たさないかぎり、自由を主張することは許されません。そして、「意見を言う自由」というものには、「反論に対して説明する義務」がつきまとうのです。
 そういう意味から、このページに書いてあることに対する「反論」であれば、それは大歓迎します。もちろんこちらからも「反論に対する反論」をする権利があります。

 結局「意見を言う」ということは「常に反論される」事であり、「反論」に対して「価値観を押しつけるな」では意見を言うことになんの意味もありません。


Return 我思う Index