「きんも〜っ☆事件」の分析


 私はこの事件を後で知ったので、ほとんど内容を認識していませんでした。
 で、今回あらためて、まとめサイト(店員の氏名等が書かれているので、リンクは貼りません)などを参照しましたが、せいぜい「オタがいっぱいいて、きんも〜っ☆」みたいな発言がわずか数行あるだけで、とてもではないけれども、それがネイサンズ本社にねじ込まれ、ニュース扱いになるような重大な問題であったとは思えません。この程度のことは個人のブログであれば、誰でも書いていることです。「小泉を擁護する連中きんも〜っ☆」なんて、俺も何度も書いているわけで。

 この問題の本質はいくつかあるのですが、箇条書きすると、以下にまとめられるでしょう。

・氏名や学校名など、個人情報の特定が容易であった。
・店員であった。
・批判した側の人間がオタクであるとは限らない

 この3つの本質が組み合わさる形で、大々的な「祭り」になったのであろうと言うのが、私の見解。

 まず、「氏名や学校名など、個人情報の特定が容易であった。」という点。
 ここで重要なのは、このセンテンスが、こうした祭りにありがちな「個人情報の暴露」という楽しみ方の問題を指し示すのではないということ。
 確かに、個人情報の暴露は祭りの楽しみの1つではありますが、今回の場合は彼女みずから氏名や顔写真を公表していました。すると、バッシング対象の具体化という点では有用であっても、楽しみという点では、匿名を剥ぎ取って個人情報に行き着くという楽しみはない。
 それよりも私が注目したいのは、叩きに加わった多くの人が個人情報の公表を「デファクトスタンダードに対する違反行為」であると感じているという部分。

 表現の自由は誰のモノより

彼女が契約したサーバー業者の利用規約には、『個人情報を特定されない』、『公序良俗に反しない』、『人に迷惑をかけたり嫌な気持ちにさせない』ように、との内容があった。残念ながら彼女は、自分自身の本名や所在を容易に特定されてしまう情報を日記に書いており、これらを全て破っていた。

 彼女が利用していたのは「ヤプース!」というフォト日記であり、そこの利用規約には『個人情報を特定されない』なる項目はない。
 ちなみに、同系列のサービスである「ヤプログ!」の利用規約には「他の利用者もしくは第三者の個人情報の譲渡または譲受にあたる行為、または、そのおそれのある行為。」を禁止するとある。
 そもそも、個人情報の問題は、個人情報の自己コントロール権問題であって、自分のブログで自分の氏名や所在を晒したからといって、それは当人の責任の範疇であるのだから、これが問題であるなどということはあり得ないし、自分の個人情報を晒してはいけないブログサービスなどというのは、大半が著者自身の日記であるブログではありえない。日記の情報はその大半が個人情報である。
 ところが、「表現の自由は誰のモノ」では、「自分自身の本名や所在を容易に特定されてしまう情報を日記に書いており、これらを全て破っていた」と、「個人情報の特定」の意味をまったくおかしな方向に捉えている。
 この傾向は、決して「表現の自由は誰のモノ」だけではなく、「ネットで個人情報を晒さないのが常識」と考えられる現状は、逆に「ネットで個人情報を晒す人はオカシイ」ということであり、「個人情報を晒すような人間は叩いていい」という、自分の個人情報を晒すという「非常識な行為」に対して罰をあたえるような感覚があったのではないかと私は考えている。

 もちろん、私自身は個人情報を晒すのが当然であった草の根BBSの時代からパソコン通信をしていた人間なので、自分の氏名などを晒す行為が非常識であるなど、まったく思わない。

・実名を晒していることに責任を言及する発言集
Negura

しかも、この人、自分の写真も本名も晒しちゃってるわけで、 こうなると、いくらネットに自由があるからって、当然、責任も生じるよな。

 写真や本名を晒していることと、責任の有無が明確にリンクしている旨の発言。
 では、匿名であれば責任は問われないのでしょうか?
 こうした文章を書いて、この疑問が浮かばない現状というものを、重く受け止める必要があると思います。

AppleよりSimpleな日々。

尤も彼女が凄いのは、この中傷を、日本人なら普通警戒して行わないであろう実名顔写真付きで、企業の看板を背負って全世界に発信した事です。

 個人情報を晒すことと、所属の問題を同時に指し示している発言。
 自分の氏名や写真をネットで晒すことは、日本人として異常なことのようです。
 さらに、個人の日記に企業の看板を背負わせています。企業がリスク管理として、社員のみならず、アルバイトの日記までもを監視する日も近いのでしょうか?

大脱走
(コメント欄)

コミケに行ってた当の本人たちは冷め切ってて、個人情報垂れ流しのアホ女子大生をバカにしきってます。

 冷めきってるのにバカにしている?不自然な日本語です。
 しかも、こののちニュースにまでなったのに、冷めきってる?この人自身がわざわざこんなコメントを書いているのに、冷めきってる?冷めきってるなら放っておけばいいのに。
 氏名や顔写真などを、ネットで公開するのは「アホ」なのだそうです。
 ちなみに、このコメント欄には「気に食わないことを書いているBlogは荒らしてもいい」のルールが発動しています。

えぇそうかな?

個人情報は非公開が原則だと思う。

 そんな原則はないと思います。せいぜい「公開しないほうがBetter」ぐらいでしょう。
 Blogと2chぐらいの狭い範囲でしか、ネットの世界を認識してないみたい。

(続く)
(05/09/26)


・デファクトスタンダードの暴走

 前回の内容を「えぇそうかな?」さんのコメント欄に張った人がいるのだが、それに対する「えぇそうかな?」さんのコメントが興味深い。

赤木智弘(=東天王ヨブ)さんで良いのかな?
北海道(?)から、コメントをありがとう。
次回は、HP(深夜のシマネコ)で、
自身が当Blogへの批判された内容を忘れずに、
名前欄に赤木智弘としっかり書いてくださいね。

 私が前回書いた内容の論旨は、「デファクトスタンダードに対する違反ということに対して、バッシングが正当化されている」ということであり、別に「個人情報を晒すべし」などと書いた覚えはない。第一「個人情報を出さないほうがBetterだ」と書いてあるじゃないか。
 特に興味深いのは、「名前欄に赤木智弘としっかり書いてくださいね。」の部分で、これは「えぇそうかな?」さんが明確に「個人情報を出す人、出さない人」という単純な二元論化によって、この問題を対処しようと考えていることだ。私個人は空白とハンドルの問題をTPOの差で捉えているので、あるところでは実名、別のところではハンドル、さらに別のところでは空白でも構わないと考えている。そうした考えにおいては、空白も実名もその場に影響される程度の細かなスタンスの違いに過ぎない。
 ところが、個人情報を出す人と出さない人という二元化、つまり両者の差異を大きく考えれば考えるほど、出さない人にとって出す人は「別の立場の人」ということになり、バッシングに歯止めが効きづらくなる。それこそ彼らにとっては別の人種であるかのように見えているのではないか。

 別の事例を示す。
 http://reishiva.exblog.jp/3611299/
 ここでは「テリオス」という人が、死体写真を貼ったことを「規約違反」としてのみ、あげつらっている。
 中でもこの発言は興味深い。

Commented by テリオス at 2005-10-12 20:24

正義に走るつもりが公共のブログのポリシーを踏みにじっただけと。
エキサイトブログじゃなくて自分でドメインとってやれば?w
ここはあんたの日記帳じゃないんだから。
管理者が削除、閉鎖しても文句はいえんわな。

 つまり、Blogは「公共」のものであり、各人が自由に表現できる性質のモノでないと断言している。
 このことは、Blogの「レンタル中心」という性質による言論であって、つまり「人様のところを借りているのだから、おとなしく(=死体写真を載せない)するのが当然だ」という、利用者のメンタリティーを表現している。
 そして、こうしたメンタリティーは決して万人に共有されるものではない。上記の例においては、志葉玲氏がジャーナリストとして、イラクの現実を社会に伝えるというメンタリティーの実現のためにBlogを利用しているのに対し、テリオスは「Blogのルールを守れ」という。

 けれども、テリオスのいう「Blogのルール」とは、決して志葉玲氏のBlogがあるエキサイトブログの規約を指すものではない。エキサイトブログの規約というなら、それはエキサイトブログの管理者が判断に基づき警告するものであって、管理者側から警告がない以上は、ひとまずBlog作成者が画像をおいておくことに対して、文句を言う必要もないはずである。文句を言うなら管理者に報告すればいい。

 けれども、そうではなくて閲覧者が作成者に対して、直接文句を言うという構造はなんなのだろうか?
 この例ではテリオスという個人が批難しているだけであるが、「きんも〜っ☆事件」においては、圧倒的に多数の人間が彼女を批難、つまり、非難こそが社会的なコンセンサスを勝ち取ったということだ。たかだか「オタクをキモイと言った」。それだけのことで。

(続く)
(05/11/03)


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