「脳化社会」


 以下の文章は、「伝染するゲーム脳」『「脳科学」化社会』で語った内容の理解を前提とする。

・「最新の脳科学」とは何か。

 脳問題を語る時に、よく「最新の脳科学」というフレーズを耳にする。
 もっともこれが唱えられているのが、ジェンダーフリー問題に関してであって、ジェンダーフリーを脳科学的観点から批難しようとする時に、必ずと言っていいほど登場するフレーズだ。
 もちろん、こうした批判は「ジェンダーフリーは全ての男女差を否定し、男女の区別を全廃する」と妄想する、反ジェンダーフリー論者の勇み足に過ぎない。また、染色体レベルでグラデーション的である男女性差が、脳の段階になってハッキリと別れるなどということは考えにくく、その点でも反ジェンダー論は的を外しているわけだが、そのことはここの本題ではない。
 私自身は今までの脳科学の詳細は、まだ学習中なので、細かい点は省くが、たとえば脳の全体的な構造がどうだとか、神経細胞の働きがどうだとかいった、生体としての脳研究はなされていても、そのことが人間性にどう結びつくかという、今日、脳の解明ということに対して、非常に期待されている分野に関しての言及は、CTの登場を待たねばならなかった。

 CTはX線で得られた数値データもとに、それを再構築、視覚化する装置である。
 1963年、ボストンの核物理学者アラン・コーマックが実用的なCT装置を完成させた。しかし、極めて高性能のコンピューターを使った高価なマシーンであったために、臨床現場での実用には至らなかった。
 その後、臨床レベルでCTが使われるようになったのは、1971年。イギリスのEMI社が実用的な商品としてのCTを発売するようになってからだ。
 医療機器産業において、まったくの無名であったEMIという会社が、高価なCT装置を商品化できたのは、このEMI社のレコード部門において、ビートルズが大ヒットし、莫大な売り上げをあげていたからである。そのことにより、資金的に商品化が難しかったCTに莫大な資金を投入することができた。
 後の1975年(私の誕生年だ)には、イギリスのエリザベス女王が来日した際に、CTの購入を日本にうながし、同年、東京女子医科大学に、日本初のCT装置が導入された。

 ざっとCTの歴史を辿ったが、重要なのは、CTが臨床レベルでつかわれるようになったのが、ようやく1971年という、極めて最近の話であるということだ。
 生体の脳の視覚化が、脳研究を一気に押し進め、さまざまな研究成果を生み出したことは、間違いないのだが、その研究の成果自体が1971年以降の研究であるということ。これは非常に重要な意味合いをもつ。

 科学というものの妥当性は、それが広く検討され、十分に実験や反証が繰り返される。そうした上に立証される「確かさ」にある。そしてそれは短い時間で立証されるものではない。時代を越えて、長い時間を耐えなければ立証できたとは言えない。(続く)

(05/04/25)

 「(続く)」とかいって続かないのは、この文章が常に揺れ動く自分の論考であるから。決して何か定まった結論から戻ってくる形で、何かを書くつもりは、ここではない。それをやるとしたら、これを作品にまとめる時だろう。
 なので、その時々で口調も変わるが、気にしないでもらいたい。

 さて、意外に思われるかもしれないが、自分は福島章には悪いイメージはそれほど持っていない。

 福島章が『子供の脳があぶない(2000 PHP新書)』で言っているのは、結局のところ、「1、凶悪犯罪を起こす人には、脳の形態異常者の割合が多い」「2、脳の異常が犯罪を引き起こすのなら、予防をするべき」ということだ。
 途中に「新たなOSの登場」なんていう、偏見を地で行く章があるのは問題だが、全体のトーンとしては、広い見地から脳問題を捉えていて大変参考になるし、読んでて面白い。
 そして、こうした「予防措置をとろう」という考え方自体は、決しておかしなものではない。

 福島の考え方は脳の「形態異常」に注目するもので、脳の「未熟」や「のう胞」といった、物理的な「異常」に犯罪の原因を求めるものである。
 『「脳科学」化社会』の中でも指摘したような、好ましい行動が共同体によって規定されることにより、その規定から外れる脳が「異常である」と理解されるような、共同体の視点としての「異常」とは一線を画している。
 だが、現実に脳の異常があるから犯罪者予備軍として予防措置をとるというのはどうなのか。福島は32人の殺人者の脳に形態以上が見られた確率が53%の17人であったことを示した文章の中で、こう記している。

 ところで、脳の健康診断といわれる脳ドックなどでは、全く臨床的な症状がない人でもクモ膜のう胞や無症候群性の多発梗塞などが発見されることがある。しかし、その有所見率はおおむね1パーセントといわれている。

 つまり、福島は脳の形態異常が犯罪に深く関係している事を証明しようとしているわけだが、それと同時に、脳の形態異常者のすべてを予防措置対象として考えた場合、日本の人口の1%、実に130万人もの人間が犯罪予備軍として予防措置対象となることを示している。もちろん予防措置そのものの方法にもよるが、これだけの人数すべてに措置を行うのは難しい。また、逆に47%の人間は脳の形態異常はなくても殺人を犯していることを忘れてはならない。

(05/05/08)

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