まぁ、月並みだけど、頑張ります
12月の日記。


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(「f」は上旬「l」は下旬です)

ご意見ご感想はメール、もしくは掲示板までよろしくお願いします。

著書、絶賛発売中:『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)

98/12/31
さぁ、今年の締めだ

 さて、1998年も最後です。
 2000年問題まで、後一年となりました。
 最後の最後にまた文句を言おうと思います。

 あの「通販生活」の金銀ババアのCM。
「質素、倹約、何が悪い」っていってるやつ。
 そりゃ、確かに質素倹約は何にも悪くはありません。でもさ
「質素倹約はてめぇの金でやれ。人の金でやってるんじゃねぇよ!!」

 質素倹約するならするで、
「自分は質素倹約しますから、年金なんかはよういりません」とか
「質素倹約で病院へはなるべく行きません」とか言ってみろってんだ、この野郎。

 自分の金を使わずに、人の金ばっかり使うことは世間では質素倹約ではなくて、
「ケチ」
 と、いいます。
 きれい事言ってる暇があったら、とっとと死ね。年寄りどもめ。

 と、言うわけで、今年も終わり。
 来年はどうしようかな。
 って、今年と同じですけどね。

 そいえば、子供のころ1999年、ノストラダムスで地球が滅びるときには23歳なんだなー。どんな大人になるんだろうなーって思ってたことを思い出しました。
 結果はまぁ、皆さまの知っている通りの大人なんだか子供なんだか分かんない存在になってしまっているわけなんですが、実際の話、自分では「まぁ、そこそこかなー」って思ってるわけです。
 はっきり言って、大手をはって威張れるほど人間としては成熟していませんが、周りに比べたら、頑張ったほうかなーと思ってます。久しぶりだな、自分のことを褒めるってのも。

 んじゃま、単純だけど来年もよろしく。
 じゃね。


98/12/29
子供を育てる

 ふと、子供を育てるとはなんだろうと思った。
 いや、自分が子供を育てるなんてのは夢にも思ってないので、
「世間で「子供を育てる」と言われる行為とはなんだろう?」ってのが正確。

 一般的に「子供を育てる」ということの基本は「よい教育をする」というのが基本だ。
 最近は一部そういう傾向は減っているとはいえ、やはり「よい教育」=「よい学校」という式が現代社会では成り立っている。
 じゃあ、なんで「よい教育」をするのか?
 たぶん大人に聞くと「当たり前じゃないか」と言う。
 ところがさ、たいてい大人の言う「当たり前」って言うのは、いちばん自分たちの後ろめたい部分を隠すための言葉なんだよね。
 じゃあ、ここでいう「当たり前」が隠しているものとは何か。それは「よい教育をする」=「よい投資をする」ってことだ。
 すなわち「子供を育てる」=「投資をする」と言うこと。
 よい学校に行かせる。よい会社に行かせる。良い給料をもらわせる。将来養ってもらう。
 これが簡単な投資の流れ。30年にわたる投資。
 もちろんこの投資はどうしたって赤字である。確かにもうからない。だからって「ちょっとでも取れるだけ取っておこう」という姿勢は浅ましいの一言に尽きる。

 だいたい、今の親だって、誰かに育てられてきたのだ。その親が自分から「取れるだけ取ろう」と思っていると知ったら、はっきりいって幻滅だろう。
 親が子供を育てるってのは基本的には無償の奉仕なんだ。
 それがいやならば、最初っから生まなければいいんだ。それはもう親になる資格がないんだ。ないんだったら、ないことに手を出さなきゃいいって事。
 だからこそ一番上で書いたように俺は「自分が子供を育てるなんてのは夢にも思ってない」って書いた。俺は絶対に無償の奉仕なんかできないから。
 つまり、子供を育てるには、まず自分が「本当に育てる権利があるのか?」と言うことを自問自答することが必要って事。そうじゃなければ、生まれてくる子供がかわいそうだ。


98/12/28
口癖

 すっかり最近は「全く、最近の大人は」が口癖になってしまいました。
 例の自殺事件だって、薬をインターネット経由で手に入れたって事で、もはやマスコミがインターネットをスケープゴートにすることは目に見えてるわけで。
 例の商品券だって、単に自民党の票取り政策になるしさぁ、何にも面白いことない。
 そりゃ、若い人は自殺もしたくなるよなー。
 明らかに自分より劣っている大人が自分より上の立場で給料もらってりゃあ、働く気もないよなー。
 さらにそいつらに一生、金をカツアゲされるんだしなぁ。
 もっと来い来い、大不況。
 ていうか、誰か大手町と永田町に原爆落とせ。
 もうあいつら、邪魔。

 もうこうやって、文章書いててもいやになるよね。一銭にもならないんだから。
 世の中にはイスに座っているだけで金をもらえる身分もあるって言うのにねぇ。
 ・・・勘違いしちゃいけないよ。50代の連中だけじゃなくて、年金もらってる年寄り共もだよ。

 ああ、もうこういうことを書いているだけで嫌になる。予定を早めて降りてこねぇかなぁ。恐怖の大王でもさ。


98/12/26
今年のクリスマスは

 ちょっとした臨時収入があったので、ファンヒーターを購入。
 いやぁ、暖房のある生活っていいなぁ。

 さて、先日はどうでもいい毛唐の祭りであるところのクリスマスでしたが、ポチはこのクリスマスに恒例行事にしていることがあります。それは「無駄喰い」です。
 去年はモスチキンを10本購入して一人で食べました。
 さて、今年はこれ。
一人でクリスマス
 子供のころからの夢、ケーキ一個食いです。
 一応ケーキだけでもあれなんで、チキン(からあげ君とも言う)とサンドイッチ。そしてスパークリングワインも用意して、勝手にクリスマス気分に浸ってみました。もちろん一人で。
 結果。胃薬を飲んでいても次の日はちょっと胃が重かったです。

 もう98年も終わりですね。
 別に終わったところで、俺の借金が無くなったりするわけでもないんで、どうだっていいんですけどね。

 それじゃ。


98/12/23
面倒は承知で

 面倒なのは承知で某掲示板(無断の直リン)に文句を言ってみた。「いいかげんにしろ」って。
 ま、多分明日(23の昼のことね。まだ寝てないから)またなんか書き込むつもりだけどさ、あそこの掲示板の悪いところは「意見というものをまるで分かってない」事だね。
 たとえば平気で「3rdMIXアペンドCD。なんだありゃー。俺はもう飽きちゃったぜー。スーパープレイヤーだからなー」なんてのが平気で書き込まれる状態。
 もうなんか、BMやってるだけであいつらと同一視されてるみたいで嫌なんだよね。しかもコナミにたいして文句言って、しかもコナミの人もこの掲示板を読んでるから図に乗っちゃってさぁ。
 で、自分たちの意見が一個でも通らないと「コナミはファンをバカにしている」ってなるしね。

 まぁ、このページを日常的に読んでくれている人なら、俺が何が気にくわないのかってのは分かるよね。

 ということ。今日は寝ます。明日は飲み会です。んじゃね。


98/12/22
やらなきゃ

 もう年末だねー。
 仕事も明日から27日まで休み。
 まぁ、別に休みというか、自分で休み取ったんだけどね。
 もち年末年始はお仕事さ。

 さて、ひとつ今年中にやらなきゃいけないことを忘れてました。
 11月に俺を絶望の縁に追い込んだ腐れ本、「中島義道 孤独について」を読破しなければならないということです。

 もう、この本を読んで、中島の野郎に引導を渡さないかぎり、明るいお正月を迎えることができません。
 明日から休みです。ポチはやります。そして勝ちます。


98/12/21
特に主題はなし

 宮台先生の「俺が答えだ」というウルフルズライクのタイトルに疑問を持たざるを得ない一冊を買う。  これはおすすめ。
 一問一答のFAQになってるので、非常に読みやすい。しかも一通り宮台真司の考え方が分かるようになってるし。
 と、いうことなので、読んでください。

 ところでポチは実はドリームキャストを買ってしまっていたのです。
 報告は後日。

 今日から年末年始に向けて、仕事を夜勤から日勤に変更。これ書いたら、御飯食べて仕事に行きます。

 じゃね。


98/12/18
世界のレベルって低いね

 アメ公がまたやりましたぜ。旦那。
 アメ公の攻撃により、湯川専務、常務に降格。
 あ、関係ないか。

 しかし、コブ平は企画する自体はいいんだけど、その後が最悪だよね。
 野猿にしろ、湯川専務にしろ、最初だけにしておけばよかったのに、引っ張り出すとすごい無理があるんだよねぇ。
 あいつ、自分の企画が「キワモノ」だって分かってるのかな?まさか「王道」だと思ってる?

 しかし、アメ公の爆撃なんかでバカ司会者が「対岸の火事としてみてはいけない」とか言ってるけどさぁ、対岸の火事としてみないと、またアメ公にたかられるぜ。
 だいたい戦争の意味自体がアメちゃんが「最近戦争やってないし、欲求不満だなー。よし、落としちゃえ」って思っただけっていうレイプみたいな理由なんだからさぁ、関らないのが1番。さて、よしりん。君の戦争論の出番だよ。アメリカのプライドを守ってやれ。

 さて、世界中の凡人が集まってクダを巻く番組・・・いきなり結論を言ってはいけないな。世界中の立派な人々が朝まで生テレビに毛が生えた程度のののしり合戦を・・・まぁいいや「ここが変だよ日本人」を見る。  とっても立派だったのはインドとパキスタンの人。「核を持ったのはアメリカが悪い」ああ、素晴らしい。浮気の現場を押さえられてもなお「入れてない」と言い張る亭主のようだ。
 さらにそのアメリカも「アメリカがやらなきゃ」なんて事を本当に言っている。右翼か?
 で「キレる少年」(すでにこういう括り方をするセンス自体が問題)ではどこかの毛唐が「家族がしっかり教育すべき」などという、東京都の人間でも言える低レベルの発言。場内拍手。まさか「流動的な共同体が存在しうる」なんて事は夢にも思ってないんだろうな。いや、逆で「固有的な共同体などは存在しえない」ってことか。
 どうにしろ番組自体が「どうでもいい外人」と「たけし、テリー伊藤などのどうでもいい日本人」の寄せ集めだから、すべての話が「どうでもいい結論」つまり「団塊の世代がうなずくだけの結論」にしかならないんだよね。

 まぁ、なんかさー、いろいろあるけど総括すると
「世界の社会的レベルって低いなぁ」
 ってこと。実は日本の若者はトップなんじゃないかな?


98/12/17(追記分)
あいかわらず

 相変わらず有田なんぢゃらがキチガイ発言している今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
(「オウムに入るような精神的貧困さ」って何?オウムに入るのと会社に入るのはおんなじ理屈なんだけどなぁ。人殺したか殺してないかってだけで、犯罪集団であることに関しては大差ないんだからさぁ)

 まぁ、年末になると「今年の出来事」見たいな括りで「青少年の凶悪犯罪」が話題になることが多いです。
 で、ことさらに「おかしくなってきている」って言い方をされるんだけどさぁ、「きている」じゃなくて「もともとおかしい」んだよ。
 戦後いつのころからか、社会ってのはひたすら押し入れに、ただ物を何も考えずにほおり込んできた。今まではたまたま崩れなかったけど、最近は押し入れを開けるたびに崩れてくる。

 なんか「人を人とも思わない」なんて言われるけど、皆さんは自分のことを人として扱われたことってあります?ないよねぇ。いつだってどこかの所属の一員として扱われるでしょ。○○社の一員の赤木さんとかそういう括りでしょ。それは日本の社会構造として「人を人とも思わない構造だ」って事ですよ。
 だから、日本という社会構造自体がもともとおかしいんだし、人を人とも思わないようになってるの。
 頼むから責任を若い人間に押し付けないでくれって事。


98/12/17
かってに滅びろ

 なんかさー、電車の中で隣のやつの新聞をのぞき込んでたわけだ。
 そしたらどっかの作家の文章が載ってて。
 まぁ、のぞき込んでたわけだから、詳細に読めたわけはないんだけど、小見出しにこんなことが書いてあったんだよね。

「若いやつがデモもしないようになったら日本民族は滅びる」

 もちろん大爆笑寸前ですよ。電車の中だから、笑いをこらえるのに苦労したね。
 もう昭和の連中が考えてるのって、こんなことばっかりだなって。
 だからダメなんだよ。

 だいたい「日本民族」ってなに?そんなものこの世にはないよ。日本人はいるけど、それは「たまたま日本に生まれただけ」の人間であって「日本民族」なんて物じゃない。
 戦争問題にしたって、韓国との間でなんでこじれてるかって言うと、韓国からすれば「日本民族が攻めてきた」訳だから「日本民族は謝罪をする必要がある」と思っている。
 ところが日本人からすれば「50年も前のことを、なんで俺らが謝らなきゃいけないんだ?その頃俺は生まれてもなかったのに」って思ってる。
 そりゃ、こじれるわけだ。だって日本には「民族」なんてないもの。
 逆に言えば韓国とかには「国」って概念がないって事だけどね。

 さて、この「民族」。まぁ、日本でそんなことを言っているのはほとんど右翼のバカだけど、はっきり言って古くさい考え方なんだよね。
 たとえばさぁ、部落問題とか、朝鮮人問題とかあるけどさ、結局それは「民族」ってくくり方をするから出てくるんだよね。
 これを「朝鮮人で日本に住んでいる」とか「非部落地域に生まれた日本人」って考え方ができれば、差別は無くなるんだな。つまり「日本人」って考え方ができればいいのね。
 ところが「民族性」だの「血」だのにこだわってしまうと、それができない。
 常に「人殺しの息子は人殺し」って事になってしまう。

 ああ、話がずれすぎたな。

 まず日本の若者がデモもしないのは、そんなことをしたってしょうがないからだ。
 どうせ言ったところで聞かないんだから、そんな時間の浪費をするくらいだったら、無視しちゃったほうがいい。それだけの話。

 だからもうさぁ、「何をしても「民族」だの「国」などという共同体にしか問題を押し付けられない旧人類」と「自分で物事を考えられる新人類」では全然レベルが違うの。

 だからかってに滅びちまえよ。日本民族なんて。
 そんな低レベルな連中とひとくくりにされたくないっての。

P.S.昨日はちょっと生きてることが怖くなってた。今は平気。


98/12/16
今年をしめてみようかな

 今日はちょっとさぁ、いろいろあって。
 比喩的に言えば「不慮の事故で両ひざを鈍器で潰された」様な感じなんだけど・・・。
 相手が悪いんだったら、背骨をへし折ってやればいいんだけどね。
 相手は悪くないからなぁ・・・事故だからなぁ・・・。

 で、まぁさ。それとは別に先日「ねこぢるうどん」の新しくなった刊を買ってね。その中にねこぢるの夢を旦那の山野氏が書き下ろした「とうめい」って題名の漫画があってさ。
 それ読んで思った。
「ああ、俺は死にたいんじゃないんだ。消えたいんだ」
って。

 もう人の言葉なんか聴きたくないんだよね。
 人の姿も見たくない。
 自分の着ている服の感触を味わいたくない。
 地面を踏み締めたくない。
 空気の音を聞きたくない。
 光すら見たくない。
 他人に見られたくない。
 自分で自分を感じたくない。
 消えたい、消えたい、消えたい。ただすうっと消えたい。

 今まで「死にたい」って言ってたのは因果関係が逆なんだね。
 「死にたい」んじゃなくて、「消えたい」の代替行為としての「死にたい」だったんだ。

 え?希望?
 なんで他の人が当然持っているものを俺だけ「パンドラの箱ごっこ」をして手に入れなきゃいけないの?そんなことしたくないってば。

 まぁさぁ、今年一年で分かったことは結局、自分の諦念である「幸せは自分の見えない所にあって、見えるものはすべて他人のものだ」ってことが本当だったって事だよね。
 1年前はまだちょっとだけ希望があったんだけどさぁ、それは跡形もなくなくなっちゃって。
 今も希望はあるけど、それはないものだからね。
 必死でないものをあると思ってるだけ。
 全部ブラックホールの中に消えていくんだよ。

 虚無。
 幸せなんか何にもない。絶望なんかどうでもいい。
 どんどん何もかもがどうでもよくなって。
 生きていることももうどうでもよくて。
 たまたま生きてるから生きていて、死んだら死んだで構わないってのが正直なところだな。

 ・・・。
 全然今年は・・・。
 今年もどうでもいい年でした。来年もきっとそうだろうな。


98/12/14
人生、そんなに甘くない

 最近はすっかり日記の更新が滞ってしまって、ゴメンね。
 いろいろやってるから忙しいのよ。
 先日も創価町・・じゃなかった信濃町まで演劇見に行ったりしたしね。
 人生が充実してきているから、その分こっちに力が回らなくなったっていうね。
 それでも頑張って更新したいと思います。長い目で見てやってね。

 さて、本題。
 先日、仕事の現場に行くために五日市街道を歩いてたんですよ。
 そしたら「環境破壊 サミット出店反対 ナントカ商店街」って立て看があった。
 「サミット」ってのは大手のスーパー。
 つまり、大手スーパーの進出に地元商店街が反対という、もうすっかり陳腐になった構図なわけ。

 でもこの「環境破壊」って何だろう。交通量が増えることらしいけど、そんなのどうだっていいじゃん、街道沿いですでにある程度の通行量はあるんだからさ。
 本当に文句言いたいのは自分たちの売り上げでしょ。
 なーんて考えてさらに歩いてたら「この不況下に庶民泣かせなサミット出店反対」なんて立て看もあった。
 庶民泣かせじゃないでしょ。商店街泣かせでしょ。庶民からすれば選択肢が増えて、いいことずくめなんだからさ。

 大体さぁ、商店街っていったって、単に店が並んでるだけでしょ。
 ひしゃげた洋品店とか、単に物を売っているだけの汚い店とか。
 そんな店でも近くにまともな店がないから、しょうがなく地元の人はそこで買ってるんだな。
「自分の店を続けたい」って気持ちは分かるけど、そのエゴのために周辺住民を巻き込まないで欲しいよね。

 スーパーに負けたくないんだったら、自分のところの商品を工夫したらいいんだよね。
 とにかく安く仕入れて安く売るとか、センスのいいものを売るとか、本当に便利なものだけを売るとか、工夫の仕様はいっぱいある。
 ところが、全くそういうことをしないで「出店反対」なんて言っても意味がないんだ。

 とにかく「品物を置けば売れる」なんて事はないの。
 そんなに人生甘くないんだよ。ジジイババアども。


98/12/08
根本的に違う

 なんか東京都で「切れる子をどうするか会議」なんてのが行われていたらしい。
 で?どうするの?
 ていうか、どうするって何を?

 なんか高校生とかの意見も聞いたらしいけど、どうせこういう所で発言しようなんてのは大人の望む意見を言うのが得意な高校生(ていうか、人間以外の何か)なんだから、役に立つはずもないんだけどね。
 どうせだったら那須で教師をプスってやっちゃった奴でも連れてくればいいのにねぇ。そのくらいできないの?
 で、結論はどうだったかといえば「親のしつけ」という、なんの創意工夫もない意見に落ち着いたらしいよ。

「親のしつけがなってないからだ」なんてのは簡単な話だけど、「首狩り族の子は首狩り族」なんだからさぁ、しつけなんかいくらしたってダメに決まってるじゃん。
 簡単にいえば「根本的に親がダメ」なんだよね。
 それをまぁ、よくも子供ばっかりに責任を押しつけられるもんだなぁって感心するけどさ。

 だいたいさ、不況にしても、現在の教育に対しても、大人連中は何にも反省していない。
 何でこうなったんだろう、何でこうなったんだろうってそればっかり。おまえ達がこうしたんだってば。
 不況だって、社会の中で人間心理やら環境問題を無視して経済ばっかりを優先した結果、息詰まっただけの話だし、教育だって親の趣味で子供を育てた結果にほかならない。全部おまえらの責任なんだ。
 もうおまえらの時代は終わったんだよ。とっとと舞台から失せろ。
 迷惑だ。まったく。


98/12/03
魔女裁判は合法か

 オウム事件の公判が100回記念らしい。
 マスコミも特集を組んでいて、被害者の会の人が「いつになったら解決するんだ!!とっとと麻原を殺して、金よこせ!!」と、まさに「感情論的にむかついている!!この童貞野郎!!」状態になっている。
 まぁ、そんなこんなで、さんざんえらそうなことを吹いた揚げ句「引き伸ばす弁護団が悪い」などと言っている。

 カレーの件もそうなんだけどさぁ、いつから日本は魔女裁判が合法化されたの?
 だってさ、感情論でしょ。「被害者の立場」だとか「夜も眠れない」なんてのはさ。
 確かにそれを聞いて「可哀想だなー」とは思うけど、じゃあ「とっとと麻原殺せ」なんて事は思えないよね。
 で、それの典型的なケースが魔女裁判じゃない。個人的に気にくわない女とか、自分の自分勝手な利益を害するやつとかを「魔女だ」と噂して、殺しちゃってたんだから。
 これで麻原とか林とかが本当にやってなかったらどうするのさ。責任取れるの?取れないでしょ。
 どうにしろ、連中に判決を言い渡すのは司法なの。個人的に罰するなんてのは日本では認められてないの。犯罪なの。

 まぁ、いいよ。別に俺はオウムもカレーもどうでもいい話だから。


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