憂国日記
2010年04月


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ご意見ご感想はメール、もしくは掲示板までよろしくお願いします。

著書、絶賛発売中:『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)

各日付ごとにnameアトリビュートを設定しています(日付の上部に薄い灰色で表記)。リンク等にご利用ください。



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10/04/14

アグネスは子供の権利をないがしろしている

4月9日に朝日新聞のオピニオン欄に掲載された、アグネス・チャンによる規制賛成論を読みました。
 そして、アグネス・チャンのような考え方が、いかに子供の人権をないがしろにしているかということを再認識しました。
 条例案が「18歳未満の子供に、エロマンガが渡らないようにしようとしているだけ」というデマや、子供が性的虐待を受けているマンガが「コンビニに置かれている」というデマ。そして、世界から日本がロリコン大国視されているという印象操作については、多くのサイトが言及しているのでそちらにお任せするとして、私は以下の部分に注目したいと思います。

「子どもの性虐待を描いたポルノを、子どもが見てしまうことで起こる問題は、大きく二つあります。ひとつは、子どもが性的に搾取されている場面を露骨に描いた表現は、子どもという存在全体を貶めることになる。これは広い意味での人権侵害です。もうひとつは、それを見た子どもが、虐待や暴力を受け入れなくてはいけない、喜ばなくてはいけないと思いこむ、誤ったしつけ効果を招く恐れがある点です。」

 まず、前者の点についてですが、これはアグネスが冒頭で言っている「マンガやアニメなどの姿を借りたポルノ」を「18歳未満の子どもたちの手に渡らないようにしようとしているだけです。」という主張に反しています。「見てしまうことで起こる問題」といいつつ、実質的には「表現そのものが子どもという存在を貶めている」としている。これは都条例の本質が「児童ポルノの根絶に向けた気運の醸成」という文言に表れているのと同じ意味です。
 そして、本題は後者なのですが、アグネスは子供がセックスを喜ばなくてはならないと思い込むことを問題にしています。
 確かに、子供が不本意なセックスを受け入れざるを得ない状況は批判されなければなりません。しかし、それと同じように、子供が本意のセックスを受け入れて、喜ぶ状況は認められなければならないのです。

 性的同意年齢という言葉があります。これは性交の同意能力があると見なされる年齢のことです。日本においては刑法177条でこの年齢が規定されています。

(強姦)
第177条 暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

 つまり、13歳以上の女子であれば、性交の同意能力があると刑法的には見なされているわけです。(もちろん、各種条例等で、行政レベルでは(特に成人男性と)18歳未満とのセックスは、たとえ当事者間の合意があったとしても、条例違反と見なされるケースが多いわけですが。)
 13歳以上の女子が、好きな男性とのセックスを受け入れて幸せを感じる。それは人間の本質としての喜びであり、そのことに対して女子は決して否定的な感情を持つべきではないし、私たちはそれを否定するべきではありません。それを否定することは、13歳以上の女子が持つ、性的主体としての権利を抑圧してしまっているのです。
 本当に子供たちの人権を守りたいと考えるのであれば、「セックスをすれば傷つく」といった、一方的なメッセージを投げ掛けるのではなく、まずは十分な性教育を義務教育の中に盛り込んでいくことを目指すべきです。

 また、もう一つ重要なことは、子供たちに「まっとうな権利意識」を教えることです。セックスの問題でいうなら、例え恋人であっても嫌なセックスは拒んでもいいと教えることです。こうしたことにより子供が性的被害に遭うことはもちろん、「デートレイプ」や「配偶者からのレイプ」といった被害を抑え、「性的描写の描かれたマンガやアニメを拒否する」権利を教えることができるでしょう。
 しかし、そうした権利意識を育むことは、子供自身が「望むセックスを受け入れる権利」や「性的描写のあるマンガやアニメを見る権利」を育むこととまったく同じことなのです。このどちらか片方を否定して、どちらか片方を受け入れるということはできません。

 私には、どうしてもアグネスが、子供たちの権利をないがしろにしているようにしか思えません。もちろん、アグネスだけではなく、規制賛成派の多くは、子供自身の権利よりも、親や権力者の権利ばかりに配慮しているように思えます。
 アグネスは記事中で「少なくとも、兄妹がひたすらセックスしたり、性的な虐待を受けたりしているマンガを、教育上いい効果が期待できるから進んで子どもに見せたいと思う親はいないと思います。」と述べていますが、それを読むか読まないかを最終的に判断する権利は子供にあるのです。アグネスがこの問題を「子供の権利」としてではなく、「親の教育権」の一環としてしか考えてないから、こういう言葉が出てくるのでしょう。
 このように、親の権利をもって、子供の権利を抑圧することは、「親が望まないから、性描写のあるマンガやアニメを見てはならない」という誤った意識を植え付ける可能性があります。それは同時に「親からの望まない性的虐待に反発できない」と、自らの権利を卑小化してしまう子供を生み出しかねません。子供の性的被害も、その多くは親や身近な大人によるものであり、親の権利を拡大し、子供の権利を抑圧することは非常に危険です。

 確かに「子供への性教育」や「子供の権利意識」に向けた教育というのは、いわゆる保守層から非常に評判が悪く、数々の妨害があることは理解できます。しかし、だからといってその矛先をマンガやアニメに向け、安直な性描写の批判に熱を上げるようでは、子供の人権を守ることはできません。むしろ現実の子供の問題から目をそらし、問題意識すら「仮想」に成り果ててしまうのではないでしょうか。


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10/04/11

平均年収が300万を切ったって? それ間違いですから

今回は都条例問題ではなく、ある記事の話。
「年収300万円なら十分“勝ち組”に? 給料の「無限デフレスパイラル」が始まった 」という、強烈なタイトルの記事が上がっていて、多くのニュースサイトからリンクが張られている。
 記事によると、全労働者の平均年収が300万円台を割ったのだという。

平成21年度の全勤労者の平均年収(賞与のぞく)は、前年比▲1.5%の294万5000円(平均年齢41.1歳、平均勤続年数11.4年)と、前年に続き300万円の大台を割った。

 だが、残念ながらこの記事は明確な誤りである。
 記事にある、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を調べて見れば簡単に分かることだ。
 「平成21年賃金構造基本統計調査(全国)結果の概況」のサイトにある、「賃金の推移」というPDFに記された「第1表 性別賃金及び対前年増減率の推移」の平成21年をみればいい。
 確かに賃金の欄には「294.5」という数値があり、前年比は▲1.5%。平均年齢が41.1歳で、勤続年数が11.4年である。
 しかし、表の上の方に目を移すと、「賃金(千円)」と書かれている。つまり、この欄の「294.5」という数値は「294万5000円」を表すのではなく「29万4500円」を表しているのである。当然、29万4500円が平均「年収」のはずがない。
 そこで見なければならないのは、「主な用語の定義」というPDFである。ここにしっかりと「当概況に用いている「賃金」は、平成21年6月分の所定内給与額をいい、すべて平均所定内給与額である。」と書かれている。つまり、この数値は平均年収ではなく、「平均月収」29万4500円なのである。
 この月収に12を掛ければ、年収は当然300万を超える。さらにこの数値にはボーナスや残業代などが含まれていないことを考えれば、平均年収はもっと高くなるだろう。

 概要のPDFにもハッキリとこう書かれている。

I 一般労働者(短時間労働者以外の労働者)の賃金(月額)(注) 1 男女計は 294.5 千円(前年比 1.5%減)

 しょうもない間違いと言えばそれまでだが、この記事が配信され、それが提携先のサイトや、ニュースサイトなどに引用や転載をされ、それをエンドユーザーが鵜呑みにされてしまう。それによって年収200万弱のフリーターに対して「正社員だって平均300万切ってるんだ。文句を言うな。お前の生活が苦しいのは無駄遣いをしているからだろう」という、誤った批判をされてしまうかもしれない。こうした細かいニュースが賃金格差の実態を覆い隠し、格差の是正が立ち後れる可能性がある。
 身近にこの記事を信じている人がいるならば、是非とも火消しをお願いしたい。


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10/04/04

都条例改定問題強化月間(タイトル考えるのめんどい時はこれで)

ジャーナリスト常岡氏「誘拐」に関する誤報について

タリバン側が懸念することが顕在化するか否かは、常岡氏失踪の事実がどう相手側に利用されるかにかかります。そこでメディアは非常に大きな影響力を持ち、タリバン側による仕業と見せるのがベストな選択だと思われれば、そこで常岡氏の命運が尽きてしまう可能性があります。つまり、メディアによる報道を鵜呑みにしてこれを拡散することが、常岡氏の生殺与奪に直結するのです。

福岡県相手に裁判起こした。
 福岡県警の「要請」により、コンビニから暴力団情報誌が「排除」されたことに対し、宮崎学親分が提訴。
 これも都条例と同じような「条例成立→公的機関からの“要請”→業界の“自主規制”」というパターンで、誰も具体的な責任をとることができない体制のまま、出版社や作家、ライターばかりが不利益を被るシステムになっています。
 こうして一度産まれてしまった規制は、こうした出版物が「無害」であることが証明されない限り撤廃されることはありません。そしてそうした証明は不可能です。
 さらに現実は、こうした本をコンビニから排除したところで、暴力団に入る人が減るわけでもないのです。

 「コンビニで暴力団を扱う雑誌があるから、暴力団にあこがれる青少年が増えるのだ」という偽の問題設定による、「コンビニからこうした雑誌を無くせばいい」という嘘の対策を国民が支持し続ける限り、暴力団がいるという現実は決して変わらないし、また、こうした規制は徐々に強まっていき、二度と緩むことはないのです。

「本当に彼女たちが必要としているものは、子育て支援だったのです。」
「ポンコツ家族の取扱いマニュアル」より。
 子供に何らかの問題が起きた時に責められるのは母親である。
 父親には「正社員で金を持っていて、いざとなれば離婚」という単純な逃げ道があるからな。
 何も持たない母親にとっては「子育て」の成功失敗は、自らの生存そのものを左右しかねない。
 かといって、母親たちにとってはそれだけが社会的な紐帯だったりするので、例えば俺がその負担を軽くしようと考えて「子育ては趣味」とか発言すると、思いっきり反発される。重荷に恐怖しながら、かといって軽くされたくもない。彼女たちの本当の理想は、子育ての恐怖に脅えながら、それでもそれが実現することなく現状が続くことなのだろう。
 そのためにこそ、彼女たちは「子育ての重荷」という根本問題に目を瞑り、自分に対する負担のない偽の問題提起、すなわち二次元規制に賛同するのではないかと。
 そんなことを考えてみたりした。


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10/04/02

日本は性表現が豊かだから性犯罪が少ないのか?

「「非実在青少年問題」規制反対派はもうちょっと戦略的に動くべきじゃないか」と題されたエントリーを読んで「それはどうなんだろ」と思った。
 猪瀬のごまかし方についてはその通りだとは思うんだけど、規制反対派の最大の武器が「「日本は世界的に見ても性犯罪が極端に少ない国」で「性表現が豊かになるにつれて犯罪発生率が下がっている」というポイント」であるという見知には疑問がある。
 まず、日本はやはり世界に比べて、人権概念が劣っているというベースがあるという点。特に「家族関係」における個人はないがしろにされがち。
 日本の「レイプ」に対する意識は「レイプとは見知らぬ男によって、女性が乱暴されること」という思い込みが強く、ここには2つの問題が含まれる。1つが「被害者は必ず女性であるとみなされている」ということ。もう1つが「見知らぬ人間に襲われることがレイプである」ということ。
 つまり、日本では「男性の性被害者」や「恋人間や夫婦間のレイプ」が軽視されがちということ。
 こうしたことにより、日本の性犯罪の統計に出てくる数字は、欧米諸国のものより暗数の割合が大きい可能性があり、単純に「日本は性犯罪が少ない」と叫んでいると、足をすくわれる可能性がある。
 また、「性表現が豊かなことが、性犯罪の発生数を抑えている」という見知は、「性表現が性犯罪に繋がる」という見知と、真逆ではあっても、発想としては「性表現と性犯罪の因果律を認めている」という点で同じなわけだ。
 これが先の「暗数」の話と直結してしまうと、そのまま「実は性表現が性犯罪に繋がっていた」という主張を許し、しかも一切の反論を失ってしまう。
 こうしたメディア規制の問題を議論する時に「強力効果論」という言葉がよく出てきて「強力効果論は科学的に否定されている」と言われるが、人間が触れたメディアに直接的に影響されるという意味では、「性描写を許せば性犯罪を許す」という考え方と「性描写が性犯罪欲求の解消になる」というのは、同レベルの考え方であり、どちらも否定される。

 「戦略的に」というなら、それこそ「そもそも性表現の多様性と、性犯罪は関係がない」という方向性で戦略を考えて行った方がいいのではないか?
 基本的に私は「エロマンガは性的欲求の発散になる」とか「凶悪なテレビゲームが流通した方が、凶悪犯罪が減る」という神話を信じていない。それらはいずれも「豊かさの象徴」であって、社会が豊かになれば、さまざまな表現が市場に溢れると同時に、凶悪犯罪そのものも抑止されていくということだと思う。

 あと、猪瀬が「テレビ討論慣れ」しているのは当然のこと。
 テレビ討論は「主張のイニシアチブ取りの場」であって、それは理性的な討論の場とは異なる。
 まっとうに議論をしようと思えば「相手の意見に割り込まない」は普通なんだけど、テレビ討論だと、相手に意見をしゃべらせないことが重要になる。あまりやり過ぎると露骨なので、重要な発言だけ腰を折る。
 本当は、それを制御するために司会がいるんだけど、司会が司会として機能していない。
 ここで責められるべきは司会だな。


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10/04/01

猪瀬直樹について

今月は、都条例改定問題強化月間ということで、日記の方を書いていこうと思っています。

 「東京副知事」の猪瀬直樹がtwitterで、こんなことをつぶやいています

東京都の条例について、ほとんど誤解されているが、表現規制ではない。知らないで言っている人が多い。漫画を描くこと、出版すること、18歳以上の人に販売することについて、いっさい規制されない。詳しくはBSフジのプライムニュース、今晩8時。

 プライムニュースも見ましたが、猪瀬は「文学は問題ない」って恣意的なことをポロッと言っちゃってますね。ま、その辺に文句をつけると話が長くなるので今日は触れないとして。
 この点について、改定案「第十八条の六の二 児童ポルノの根絶及び青少年性的視覚描写物のまん延抑止に向けた都の責務」にこのような条文があります。

2 都は、青少年性的視覚描写物(第七条各号に該当する図書類又は映画等のうち当該図書類又は映画等において青少年が性的対象として扱われているもの及び第十八条の六の五第一項の図書類又は映画等をいう。以下同じ。)をまん延させることにより青少年をみだりに性的対象として扱う風潮を助長すべきでないことについて事業者及び都民の理解を深めるための気運の醸成に努めるとともに、事業者及び都民と連携し、青少年性的視覚描写物を青少年が容易に閲覧又は観覧することのないように、そのまん延を抑止するための環境の整備に努める責務を有する。

 つまり、都は「青少年性的視覚描写物=青少年がセックスしているような絵」を、まん延させないような気運を醸成する責務を有するということです。
 これは完全に出版社、取次ぎ、書店などに「青少年がセックスするようなマンガを、未成年と成人の区別なく販売しないように」と都が要請することを肯定している条文です。エロマンガの存在自体を「青少年をみだりに性的対象として扱う」ものという括りをしているわけですから。
 ちなみに、「まん延」という言葉は、ほぼそのまま「流通」に置き換えられます。書店でこうした本が売られていればまん延と言うことも可能ですし、コミケを始めとする同人誌即売会は、それこそまん延の象徴として、裏マーケット視されるでしょう。
 そして、先の書き込みでは「いっさい規制されない」と言っている猪瀬が、翌日にこんなつぶやきをします

エロ規制はあったが、ロリ規制がなかった。不健全図書に指定されてきたのはエロ規制で、ロリ規制ではなない。新たにロリ規制をもうけただけの話。その場合、近親相姦や強姦などを肯定的に繰り返すものに限定して不健全図書に指定され、書店の棚を18歳未満でないところにする。それだけのこと。

 「新たにロリ規制をする」と言いきっています。
 というか、現状でもそもそも青少年に対するエロ規制があるのですから、自動的にロリのエロも青少年に対する規制の対象になるはずです。
 また条文では「書店の棚を18歳未満でないところにする」なんてことは書かれていません。先にも書いたように「まん延させないようにする」のであり、これは18歳未満という年齢とは関係がありません。

 猪瀬直樹関係の問題をザックリとまとめてしまうと、この条例案は、彼らが主張するような「低俗なマンガだけを青少年に見せないように規制するないよう」では、まったくありません。彼らはこの条例を「虫下し」だと主張しますが、その中身は死に至る猛毒です。
 東京都の副知事すらまともに条文を理解していない条例案が採決されようとしていたのですから、恐ろしいことです。


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