憂国日記
2005年6月


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(「f」は上旬「l」は下旬です)

ご意見ご感想はメール、もしくは掲示板までよろしくお願いします。

著書、絶賛発売中:『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)

各日付ごとにnameアトリビュートを設定しています(日付の上部に薄い灰色で表記)。リンク等にご利用ください。


[#050630]

05/06/30

今日の日記は、23日からいくつか書きかけて、アップしなかったものをまとめてアップします。
 なんで、話題が古いものがあるけど気にしないように。

Musical Batonというのを、嬉々として回している人たちへ。
 もうそろそろ、悪質なspamと化している感があるから、止めた方がいいよ。
 つか、5人っていう拡大の仕方がspamそのものじゃんか。

「同一個世界、同一個夢想」 北京五輪スローガン決まる
 つまり「同一個世界、同一個夢想、同一個中国」ってことだな。

ネット利用時間が新聞を上回る 05年版情報通信白書
 チンピラが押売りに来るようなメディアが、そっぽを向かれるのは当たり前だと思いますがね。
 洗剤も自分で買うし、ビール券もウザイし、巨人戦のチケットなんかもはや紙屑だろう。
 そして、ジャーナリズムの風上にも置けない、客観的思考のない思想押しつけ低俗メディアクオリティ。んなもん、誰が金だして買うか。

テレビで発火装置思い付く 両親殺害の長男
 福知山線の置き石報道を見て、置き石をした子供もいましたし、テレビも規制が必要な有害メディアの1つであるということは、間違いなさそうです(笑)。

<警官盗撮>駅で女性のスカートの中を 神奈川・横須賀署
 植草教授の時は(ry


[#050623]

05/06/23

分かった。夕刊フジの言っていた「超エロアニメ」はこれだ
 「エロゲーで最後に見ることのできる、かなり過激なアニメ」という要件に完全に一致してます。エロかどうかはともかく(笑)
 しかし、「超エロアニメ」でぐぐると、記事に対する反応と業者の2つしか引っかからないな。

「自分たちと違う意見を言う人間のBlogは荒らしてもいい」の例
 たぶん、このガキどもは本気で「自分は意見を書き込んでいるだけ」だと思っているんだろうな。
 ネット上の掲示板やBlogを「仮想現実と信じて」現実ではないと批難するジジイと、「仮想現実と信じて」他人のバッシングをするバカの論理構造は同じだ。

日本の援助も横流し 北朝鮮への食糧支援
 日本でも戦後の貧しい時代には、よくあった話。
 ことさら日本が騙されているように報道するのは、やはり日本人が歴史の記憶を失ってしまったからなのだろうか?

盗撮未遂警官、抵抗したのに逮捕せず…神奈川県警
 植草教授は、わざわざ何駅も追跡して逮捕したのにねぇ。


[#050619]

05/06/19

今日から、いよいよJ SPORTSでツール・ド・スイス放送。そして再来週からは、ツール・ド・フランスの生放送ですよ。
 そいえば、ジロ・デ・イタリアのことを、日記ではまったく触れなかったなぁ。シモーニ残念。

落書き、知力低下反映? 単純な絵などばかり 仙台
 まず、大前提として、グラフティーアートだろうと、ウンコやマンコの絵だろうと、落書きは落書きです。
 次に、落書きのレベルが落ちたからといって、そのことと知力の低下はなんの関係もありません。
 そして最後に、珍走団を讃美するようなバカは、騒音公害にでもあってろと。

 こうした問題認識の方法には、問題点が多く含まれますが、一番の問題はやはり「アート」と「落書き」を区別する考え方ではないでしょうか。
 私は、こうした問題について「アートならいい」という考え方は絶対にしません。つか、「アートならいいのであれば、アートでない落書もいいということにしなければならない」と、考えるからです。
 落書きは犯罪で、アートを犯罪でないとすると、その線引きは裁判によって決められることになります。つまり、個人の表現を法によって裁くわけです。
 このことの問題点を改めて指摘する必要はないでしょう。そいえば、先日「松文館裁判」の高裁判決が出ましたね。「アートならいい」という考え方は、要は、落書においても、「松文館裁判」の「わいせつ」の定義と同様のことをするということです。
 そして、もちろんそのことは「認められるアート」と「認められないアート」を産み出すことにつながり、「法による表現の抑圧」ということになるのです。
 もちろん件の「スペクタクル社会」も落書きです。いくら社会的なメッセージであるからといって、その内容に賛同するところはあっても、落書き自体を擁護するようでは、お話しになりません。(もちろん、懲役5年以下という量刑が妥当かどうかは別問題)
 他にも、反戦ビラで逮捕や共産党のビラで逮捕なども、ピザ屋のビラ配りが認められている現状では、同じように認められないと法の下に平等ではありません。もちろんピンクチラシも認められるべきです。

 長々と書きましたが、要は「内容によって手法の是非を判断してはならない」ということです。
 もし、それが認められるなら、「思想の自由」を憲法によって定めている、日本国憲法の下の平等に反します。


[#050616]

05/06/16

夕刊フジ、事件内容の最低限の確認すらせず、デタラメを掲載。

 昨年11月、奈良県で小学1年生の女児が誘拐、殺害された事件で、逮捕された被告の部屋からは、大量のポルノビデオやパソコンゲームが見つかった。先月初めに未成年の女性を部屋に監禁していた男が逮捕された事件でも、男の部屋から大量の児童ポルノゲームが発見された。これらのアダルトゲームの実態はどうなっているのか、通称「エロゲー」と言われるゲームの事情に精通する青年、Aさんに最新事情を聞いた。

 あーあ、バカだね。紙面上だけでやっておけば、インチキ記事もバレなかったのに。
 つっこまなくても、まともにあの事件を見ていた人は知っていると思うけど、奈良の女児殺害事件の容疑者は、パソコンを所有してませんでした。てことは、当然パソコンソフトも所有していません。
 あと、監禁事件の容疑者が「児童ポルノゲーム」を持っていたと言うのですが、これも「児童ポルノ」の要件を曲解した内容です。
 国際的な児童ポルノの要件は、実在児童のポルノであるか、既存のポルノに実在児童の顔を貼るなど、編集したものです。
 インターポールは「子どもポルノは子どもに対して行われた搾取又は性的虐待の結果である」としています。
 実在の子供に対する搾取のいっさいないアニメやゲームは、児童ポルノとは呼びません。

 また、「通称「エロゲー」と言われるゲームの事情に精通する青年、Aさん」の話しも十分怪しく、「ゲームの最終目標は、登場人物とセックスすることですが、そこに行き着くまでが大変などと、イマイチ現在のエロゲーの傾向を正しく理解しているとは思えない発言をしています。つか、単なるエロ絵ならネットでタダで手に入る時代に、「過程が大変」なゲームなんかやるヤツはいません。
 また、「まず、調教対象となるキャラクターがいます。オタク系が喜ぶような幼児キャラですね」というのも、このAなる人物がエロゲーを理解しているとは思えない発言です。アニメ絵が実際の年齢より幼く見えるのと、幼児キャラは、ヲタの認識としては明確に別物で、たいていのソフトの場合は、数人のキャラクターのうち、一人が幼児キャラだとういのが多いです。

 神奈川県は先月末、残虐性や暴力性の高いソフトを有害図書に指定する方針を明らかにしたが、こうしたゲームはネット上で誰でも購入可能で、店舗での販売を禁じても有効な対策とはなり得ない。ビデオやDVDなどと同様、ゲーム業界も本格的な「R指定」をすることが急務だが、それが根本的な解決につながるかも定かではない。

 まず、神奈川県の方針というのは、コンシューマーゲームに対する方針であって、今までの記事とまったく関係のない話ですね。
 それに、ビデオやDVDなどと同様に、ゲームもアダルトものは18禁ですし、コンシューマーでも年齢指定や内容に対する注意を喚起する表示などしているんですがねぇ。
 それに女児殺害事件も監禁事件も、どちらも容疑者は成人ですから、R指定も意味はありませんね。

図5 殺人の認知件数と殺人・被害者報道の関係
「NO!監視」ニュース第6号に掲載のグラフですが、いかに「治安の悪化」が捏造された情報であるかをよく示すグラフです。

キチガイ右翼の傲慢見たり。

「英霊にこたえる会」の倉林和男運営委員長の話 靖国神社を訪れようとした意図が分からない。日本軍人、軍属として合祀(ごうし)された御霊(みたま)をお連れしたとしても、台湾で大切に祭られるかどうか心配。(原告らが)英霊のご遺族を代表してやって来たのか疑問だ。台湾の人々向けに政治的パフォーマンスをしたかったのではないか。

 じゃあ、北朝鮮の拉致被害者も、日本に連れて帰っても大切にされるかどうか心配だから、家族会の行動も政治的パフォーマンスに過ぎないね。(藁
 つか、「英霊にこたえる会」の存在が日本人として恥ずかしいから、日本から出ていけ!

 バスの周囲を警察、右翼団体、報道陣が取り囲み、物々しい雰囲気。原告らはバスの中で祖国の歌を歌い、右翼団体メンバーは「帰れ」と罵声(ばせい)を浴びせた。

 高金さんは「わたしたちの中には、靖国神社に合祀(ごうし)されている遺族がたくさんいます」と話し「平和に反対する人が占拠しているのは非常に問題だ」と語り、靖国神社近くに集まった右翼団体を批判した。

 警視庁によると、靖国神社には、早朝から約100人の右翼団体メンバーが詰め掛け、騒然とした雰囲気に包まれた。警視庁は台湾先住民らと右翼団体がトラブルにならないよう機動隊などを動員し、最大150人で警戒に当たった。

 警察が守ったのは、先祖の魂を取り返しに来た台湾の人? それとも、他人に罵詈雑言浴びせたおして、台湾人をせせら笑っている右翼? それとも他国民の魂を拉致して平気な顔をしている靖国神社?

 結論としては、右翼と靖国神社の存在自体が日本の恥であることがはっきりしました。


[#050615]

05/06/15

えっ? 水100グラムに、塩が最大28.2グラムしか溶けない? 産経新聞の学力低下を憂う会。
 要は、食塩水の溶解度と飽和濃度を勘違いしているのね。
 溶解度は、水に溶ける食塩自体の量、つまり飽和濃度での食塩の量。飽和濃度は、水に食塩が最も多く溶けた際の、全体で塩が占める割合のこと。
 ちなみに、こちらの化学の授業だと、水の温度が20度の設定なので、産経と細かい数値が違うが、それでも100グラムの水に35.8グラムの塩が溶ける。つか、理科便覧からの引用だから授業とか関係ないけど。
 歴史認識も化学の知識も無茶苦茶な新聞、それが産経クオリティ。

靖国神社の訪問を断念 台湾先住民、右翼の妨害で
 なぜ、警察は神社を不法占拠する右翼を排除しなかったのか。答えはいわずもがな。
 他人の霊を強奪する素敵な神社、それが靖国クオリティ。

当然のごとく、例の事件を起こした少年が、「学級会の正義」のために利用されています。
<高校爆発事件>中学時代に友人達とサバイバルゲーム熱中(毎日)
有害ネット対策、検討に着手=21日に各省庁が具体案提示−政府(時事)
光高校の爆発物事件:校内の安全体制、改善を 県教委、緊急高校長会で要請 /山口(毎日)

 「学級会の正義」とは、つるし上げの正義です。真実の追求を放棄し、ただ一部の人やモノを糾弾するだけでなされる安直な正義です。
 民主主義(その正体は単なる多数絶対主義)の名の下に、反論すら許されず、その場の空気ですべてが決まり、糾弾する側は団結し、される側は孤立します。
 裁判官役の教師は子供の自主性を慮るとばかりに、つるし上げを放置、もしくはつるし上げに荷担します。糾弾される側に荷担することはほとんどありません。

 それはつるし上げの対象は、決して細かいメディア自体、つまり「ゲーム」だとか「漫画」だとか「インターネット」だとか「サバイバルゲーム」ではなく、大まかにくくった「若者」なのです。
 少なくとも、戦後の日本で、今日ほど若者が批難の対象になる社会は形成されたことはないでしょう。
 原因としては、社会システムの変化の中で、若者をしっかりシステムに組み込まなかったことを、システム構築の側ではなくて、若者側の精神論の問題として処理しようとしているからです。
 牧歌的な共同体社会においては、若者は町内会の青年部などによって、システムの中に組み込まれていました。それが高度成長時代になると、人が流動化し、昔ながらの共同体は立ち行かなくなりました。変わって、企業が終身雇用を行うことによって、若者をシステムのなかに組み込むことになります。
 しかし、バブルの崩壊によって、終身雇用システムも終焉を迎えます。そして、今だに日本は終身雇用に変わる若者の受け入れシステムを構築できないでいます。
 本来なら、フリーターは受け入れシステムの新しい形態になるはずでした。一時期、フリーターが時代の寵児として、いいイメージで注目されたのは、そういうことです。
 しかし、企業の学歴偏重主義が、フリーターと正社員の間に明確な線引きを行い、フリーターが正社員になることを拒否したのです。そして、そうしたシステムを構築した自分たちの行為は棚に上げて、フリーターを糾弾し始めました。
 さらには、ニートという用語とフリーター、ついでにひきこもりを組み合わせることによって、社会の底辺で額に汗して働く労働者であるフリーターを、仕事をしないいい加減な社会不適合者であるというイメージをつくりあげたのです。

 その構図は、フリーターだけではなく、学生、生徒についても同じです。
 学生や生徒の学力がよく問題視されますが、じゃあ大人の学力はどうなんだというと、これはほとんど調査がされません。結局、調査自体が若者を貶める目的で行われているからです。
 先日、「学生、生徒の44%しかイラクの正しい位置を答えられなかった」という記事が出ましたが、実際の調査に使われたと思われる地図が読売オンラインにありました
 これを本当に大人が答えられるでしょうか? 学生、生徒の中には地理を勉強している人もいますが、大人でそれほど日常的に地図を見ている人は多くありません。多分正解率は3割強じゃないでしょうか。

 結局のところ、若者を叩く人たちというのは、何がなんでも若者を叩きたいだけです。
 若者を叩いて、自分たちの社会システム構築の失敗には目を閉じ続けるのです。
 件の福知山線の事故でも、報道当初には「運転手の目がおかしかったという苦情」という、あれだけの大事故を運転手にすべておしつけるかのような、未確認情報がリークされました。そしてマスコミも嬉々としてそれを報じたのです。
 結局、事故はシステム運用の大きな問題をいくつも暴露し、安全マージンを十分にとったシステムの再構築が求める報道が中心にはなっています。
 けれども、若者を取り巻くシステム運用については、今だに何ら反省はされていません。
 そういう社会で生きて行かなければならない、これからの若者は今まで以上に大変だなと思います。


[#050611]

05/06/11

やはり「グランド・セフト・オート」だったか。


審議では、県職員が操作して収録した映像が約十分間、スライド上に映し出された。主人公が棒で「標的」の人物を殴り続ける場面や、ゲーム進行には無関係の「一般市民」を自動車ではね飛ばす場面が次々と流れた。頭部を銃で吹き飛ばされた通行人の傷口から血が噴き出す演出も繰り広げられた。

 ナイチンゲールが活躍してことで知られるクリミヤ戦争で、イギリスの写真家ロジャー・フェントンは、戦場で写真を取ることを許可されました。しかし、それは「写真が戦争の恐怖を煽ることがないように」との条件つきでした。
 そして発表できた360枚の写真は、そのいずれもがまるで兵隊さんのピクニックのような雰囲気のものばかりでした。
 検閲において、彼の写真は戦争の真実をいっさい伝えることがありませんでした。
 今回の「グランド・セフト・オート」の動画も、あえて残虐な場面のみを県職員が選んで流したものであり、規制側が見せたいものだけを見せるという意味で、検閲とまったく同義の行為です。
 その多くを、コントローラーを通して感じることのできるゲームの本質を、ただ映像を見るだけで否定した審議員たちの態度は、本当に子供と社会の問題を考えている人間のそれではありません。

 朝日新聞の記事では、審議がわずか1時間で終ったことを伝えており、最初から「結論ありき」の審議であったということは言を待ちません。


[#050610]

05/06/10

戦争って悲惨なんだろうか?
 時たま、そんなことを考えることがある。
 ネット社会においては、日本のマスコミが決して流すことのない、戦死者や人が死ぬ瞬間などをデータとして見ることができる。そして、人が死ぬことは本当に悲しいことであると感じる。
 本当に?本当に悲しいか?
 ネットで見る死体の全部が全部、大半の人とっては他人である。民族的に見てもそうだし、最近では斎藤さんのような、日本人の人たちも、所詮は他人でしかない。
 他人が死ぬことが本当に悲しくて、戦争の悲惨さを実感できるかと問われれば、首を縦に振る自信は全くない。
 戦争で死ぬ人が助かればいいなとは思うが、助からなくてもそれはそれで仕方のないことだと考えてしまう。
 一方で、大多数の人にとっては、家族というのはえらく大切なものらしく、誰かの家族が死んで遺族が泣いていると、その遺族に感情移入をすることは容易らしい。福知山線の脱線事故はそういう事例だ。
 だが、その双方ともに如実なのは、死者当人に対する感覚の乏しさだ。するとやっぱりみんなも死者をほとんど「所詮は他人」という感覚で見ているのだろう。
 「日本では、死んだらみんな仏様」誰かがそんなことを言っていたが、仏様はすでに人間ではないのだ。そこに人間の尊厳を酌量する感覚はいっさいない。むやみに合祀だの英霊だの言えるのも、死者に対しての尊厳を認めていない証拠だろう。

 話がズレた。
 結局、戦争が悲惨だというのは、決して単純なコモンセンスではないだろう。
 人が死ぬことより、遺族が出ることが悲惨であったり、経済的に大きなダメージを受けることが悲惨であったり。その悲惨さは多種多様であって、決して一義に戦争の悲惨を訴えて反戦運動とするのは、いまいち意味がないように感じるのだ。それこそ同じ論理でMDや核武装で日本の防衛力を高めようという話だってできるわけだから。


[#050602]

05/06/02

自分の子供を「お国」に明け渡すバカ親。
 そんなの、頭ぶん殴って終わりにしとけ。

万引き:「刑務所志願」でケーキ1個盗む 47歳男に懲役6月判決 /神奈川
 いかに、日本のセーフティーネットが機能していないかを如実にあらわす事件。

法廷で「職が見つからず、市役所に生活保護の申請に行っても『住所不定はだめ』と言われた。捕まりたい気持ちだった」と漏らした。

 このときの市役所職員の途方もない怠惰は、公務員としての「プロ意識」をまったく欠いている。

靖国のやり取り「やめましょう」 小泉首相が記者団に
 いまさらながら、プロ意識のかけらも見受けられないバカ首相。ついでに政治家も辞めちまえ。

自動車とか拳銃とか。
 どうして自動車は今だに4人乗りを基本に作られるのか。
 どうして警官は殺傷能力のある拳銃を所持するのか。

 だいたい、自動車なんて、すでに一家に一台の家族で乗る物ではなくて、パーソナルツールと化してるでしょ。
 4人乗り設計の車は、パーソナルツールとしては明らかにオーバースペック。それに猫も杓子も60キロ前後の速度を出す必要もないだろう。
 セグウェイの時もそうだけど、お役所はケチをつけることしか知らないし、自動車メーカーは殿様商売だし、自動車オーナーは車を運転する自分に酔ってるクズぞろいだから、1人が移動するのに数トンの鉄の固まりを動かす非効率さになんか気付こうともしない。
 その傲慢が毎日の交通事故死者数に表れている。(リンク先は交通事故死者数であって、自動車事故死者数ではないので、その点に注意)
 けれども、バイクや自転車は、日常的な買い物をするには向かない。カゴやシート下に入る範疇のものならいいけど、ちょっと郊外の大きなホームセンターに行って、大きめなモノを買ったら、どうしようもない。

 また、この間、ヤク中の男が棒だか金属バットだかで警官に襲いかかったら、警官が逃げたことを差して、バカ首相が「逃げるとは何事か」などとバカなバカをバカしてましたが、あれだって、警官の武器が「警棒」と「拳銃」という、非常に両極端なものしかないのが問題でしょう。
 警棒は使いやすいけど、犯人に接近しなければならない。逆に拳銃は接近しなくていいけど、犯人に致命傷を与えてしまったり、周辺に被害を与える可能性がある。通行人なんかに当たっちゃったら最悪だ。
 結果、拳銃は犯人を確保するための武器として考えられない。威圧専用になってしまっているが、犯人も警官が拳銃なんかそうそう抜けないことを分かってるからねぇ。

 で、自動車と拳銃の何が問題かといえば、自動車とバイク、拳銃と警棒の中間のものが、ほとんどないということだ。
 日本は産業国家などというけど、何も新しいモノを生み出していない。最近はもっぱら「省エネ」のみで、これは部品の変更でしかなく、もっと大きなパラダイム自体をシフトさせるようなモノはまったく生み出さない。そんな状態で「ものつくり大国」とか言われても、笑うしかない。
 都市計画がどうたら、犯罪者の凶悪化がどうのこうの、大風呂敷や道徳を振りかざして何もしないのではなく、実質的な解決手段は、それに十分対応できる「モノ」を作ることだろう。

 日本が本当に「ものづくり大国」ならできるはずだ。
 それとも、ものづくり大国も「行き過ぎた表現」かな……


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