憂国日記
2005年5月


Homeへ戻る  日記内を検索できます。  深夜のシマネコBlog
 (↑上記Blogが現在のメインです。このアーカイブはBlogから数日〜数カ月後に更新されます)

2011年
N1111  N1110  N1105 
2010年
N1012  N1011  N1010  N1009  N1008  N1007  N1006  N1005  N1004  N1003  N1002  N1001 
2009年
N0912  N0911  N0910  N0909  N0908  N0907  N0906  N0905  N0904  N0903  N0902  N0901 
2008年
N0812  N0811  N0810  N0809  N0808  N0807  N0806  N0805  N0804  N0803  N0802  N0801 
2007年
N0712  N0711  N0710  N0709  N0708  N0707  N0706  N0705  N0704  N0703  N0702  N0701 
2006年
N0612  N0611  N0610  N0609  N0608  N0607  N0606  N0605  N0604  N0603  N0602  N0601 
2005年
N0512  N0511  N0510  N0509  N0508  N0507  N0506  N0505  N0504  N0503  N0502  N0501 
2004年
N0412  N0411  N0410  N0409  N0408  N0407  N0406  N0405  N0404  N0403  N0402  N0401 
2003年
N0312  N0311  N0310  N0309  N0308  N0307  N0306  N0305  N0304  N0303  N0302  N0301 
2002年
N0212  N0211  N0210  N0209_l N0209_f  N0208_l N0208_f  N0207_l N0207_f  N0206_l N0206_f  N0205_l N0205_f  N0204_l N0204_f  N0203_l N0203_f  N0202_l N0202_f  N0201_l N0201_f 
2001年
N0112_l N0112_f  N0111_l N0111_f  N0110_l N0110_f  N0109_l N0109_f  N0108_l N0108_f  N0107_l N0107_f  N0106_l N0106_f  N0105_l N0105_f  N0104_l N0104_f  N0103_l N0103_f  N0102_l N0102_f  N0101_l N0101_f 
2000年
N0012_l N0012_f  N0011_l N0011_f  N0010_l N0010_f  N0009_l N0009_f  N0008_l N0008_f  N0007_l N0007_f  N0006_l N0006_f  N0005_l N0005_f  N0004_l N0004_f  N0003_l N0003_f  N0002  N0001 
1999年
N9912  N9911  N9910  N9909  N9908  N9907  N9906  N9905  N9904  N9903  N9902  N9901 
1998年
N9812  N9811  N9810  N9809  N9808  N9807  N9806  N9805  N9804  それ以前 

(「f」は上旬「l」は下旬です)

ご意見ご感想はメール、もしくは掲示板までよろしくお願いします。

著書、絶賛発売中:『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)

各日付ごとにnameアトリビュートを設定しています(日付の上部に薄い灰色で表記)。リンク等にご利用ください。


[#050529]

05/05/29

斎藤さんの件については後日。

電車男がドラマ化(リンク先は/.J)。
 蛆テレビ氏ね。

「子どもとテレビゲーム」に関するNPO等についての調査研究−米国を中心に−
 まぁ、なんというか、えらく「傲慢」な調査研究報告書ですな、こりゃ。

 なにが傲慢って、「これは良いもの」「これは悪いもの」というのを、関係性の考慮なしに平気で区別していること。
 たとえば「メディア・リテラシー」なんて言うけど、そうしたリテラシー能力は「極めて多義的にメディアの有り様を読み解く」能力のことであって、決して「バーチャルリアリティーは悪である」などと、ものごとの善悪を一方的に決めつけることではない。
 人間作りとか、家庭での対話とか、そんなものが「その子にとって良いか悪いか」なんて、最終的には当事者間の関係性でしかないのに、さもそれが子供を「より良く育てる」かのように単純化しているのが明白だ。

 この手の調査報告はすべてそうであるが、ここで言われる「子供」「家族」「地域」などは、決して個々そのものを指すのではなく、イメージの総体としてのそれである。「子供」というのは、決して「どこそこの誰それちゃん」ではない。
 こうしたマクロ的な言説を、個々の教育に役立てるというなら、そのための十分な「翻訳」が必要なのだが、「科学−政治」が結びついた社会においては、この翻訳が十分になされない。(本当は社会学者やジャーナリストが間に立つべきだ)
 また、この場合「最大多数の最大幸福」というベンサムの言葉はあてはまらない。イメージの総体はマジョリティを指すどころか、逆に、現実には一切存在しないイメージでしかないからだ。
 イメージの総体は決して誰でもない「仮想」の存在である。単純に言えば、それは彼らが忌み嫌うバーチャルリアリティーそのものである。

 少し前に、受験生が新幹線を乗り間違えて、JRが温情を示して臨時に停車するという出来事があった。そのために新幹線は3分遅れで終点に到着したという。
 この際に、多くの人は「美談」ととったこの話を、「甘やかし」「迷惑」「自己責任」ととった人たちがいた。そして彼らの言い分に出てくるのが「3分の遅れのために人生が変わってしまった人」だ。
 現実にそのような人がいたとは、常識で考えればとても考えられないし、また変わったとしても、それがすべて悪い方向であると考えるのは無茶である。けれども、この言説は彼らの間では正当と考えられている。(Google検索 「新幹線 宇都宮 受験生 停車」

 また、アダルトメディアの規制に対しても、このような「仮想」があらわれる。子供や小さな女の子を扱ったマンガやゲームによって「人権を侵される子供」だ。
 仮想美少女でオナニーをする人たちと、仮想美少女の人権を叫ぶ人たち。「仮装と現実を混同」しているのは、いったいどちらなのだろうか?


[#050526]

05/05/26

やべぇ、カロリーメイトの基礎知識押さえておかなきゃ!!
 問題回答晒しスレでは、カロリーメイト問題の嵐。
 商品ラインナップだけならともかく、味ごとの成分量の多少なんてわかんねーよ!!

サントリーの新商品。ウォッカベースだし、こりゃ完全にキリン氷結のパクリじゃねーか!!

イラクで拘束中だと思われる、斎藤さんの話題がまったく出てこなくなったな。
 そんなに軍事や拷問がアウトソーシングされているという現実を国民に伝えたくないのか?

ブラックバス被害の現実。
 別に、バス釣りをするなと言うんじゃない。周囲に迷惑をかけるなと言っている。
 そんなにバス釣りやりたければ、バス釣り堀でも作れ。私有地の池に流せ。ブルーギルも同じことだ。
 「自然と向き合う」とかいう、曖昧な言葉でごまかすな。事態は現実なのだ。

運悪く、TBSのお昼の番組、ホンジャマカの恵と山田五朗が出てるヤツを偶然見てしまった。
 はぴひるの頃の「薄ら笑い気味」の感覚が全くなくなっていて、本当に「いたたまれない」雰囲気が心に痛い。

 本題。
 その中で、先日の仙台での飲酒運転事故の特集で「減らない飲酒運転」とかいって、飲酒運転の話題をやってました。
 で、やっぱり飲酒運転事故という文脈の場合、加害者の自制心が問題になるけど、自動車はもちろん、飲酒という「モノ」自体は一切問題にされない。
 事故のあった周辺がどういう環境かは知らないけど、東京や大阪という、一部の大都市圏を除いて、ほとんどの都市では公共交通だけでは生活に必要十分ではなく、特に深夜から早朝にかけては公共交通がほとんど機能していない以上、自動車を運転せざるをえない。
 また、飲酒についても「飲みニケーション」などという造語があるくらい、成人のコミュニティーになくてはならないものである。

 つまり、自動車の運転も飲酒も必要不可欠であるという現代社会において、飲酒運転の発生は必然といえる。

 別に私は飲酒運転をした人間を弁護するつもりはないが、それでもこのような現状にまったく疑問を抱かない報道姿勢もどうかと思う。一方で、殺人犯がゲームやマンガにハマっているという情報があれば、徹底的にメディアの問題として報じるくせに。
 ゲームはともかく、自動車の運転や飲酒がシステムに組み込まれた社会の中で、そのことに対して「危険運転致死傷罪」などという、被害者に配慮しただけの重罰化というのは極めて無意味に近い。
 事件の本質はシステムにあるのであって、当人の意識ばかりを問題にする姿勢は、問題を矮小化してしまっているのではないか。

尼崎の事故で、顕花などをしている人をクレーンで撮影などしているマスコミが非難されているようです。
 けれども、あれだけの大事故を報じないマスコミはないし、じゃあ逆に非難されないような「正当な取材」とはどの範囲なんでしょうか?警察やJRの大本営発表だけを報じろとでも?
 あと、こうした惨状が放送されることが被害者の利益になることも忘れてはならない。世間から注目されるからJR西は被害者に対して強くは出られない。もし、JR西が少しでも無作法をすれば、その辺にうろついているマスコミに言えば、すぐに全国に配信される。被害者にとってこんな便利なことはない。(紅白の水引問題は、まさしくそういう報道だ)
 そして、被害者がマスコミに惨状を報じてもらうことによって、企業からの保証も厚くなる。不満があれば、マスコミに訴えればいい。
 一方、マスコミが報じないような事故は、個人でも企業でも、十分な保証が行われないことがある。

 救助時のヘリでの騒音などはともかく(ただし、マスコミより警察のヘリのほうが、低空飛行でうるさい場合も多い)、顕花のクレーンでの撮影はそれほど非難される筋合いのあるものかな。
 私はどうも、最近よくある「人生に対するコントロール願望の増長」が、安直なマスコミ非難に繋がっているように見えてしまうのだが……。

 わかりにくい文章でゴメン。


[#050523]

05/05/23

脱線事故で件の「ヒゲの記者」を個人名まで出して「朝日新聞の記者」というウソ情報をたれ流したちゃねらーが、今度は読売記者だけど「左翼」で「大阪」で、というインチキ情報をまた必死にたれ流しているらしい。

セクハラ ホームヘルパー4割被害 急がれる防止策
 老人や男の自尊心ばかりを満足させ、個人の尊厳を尊重しない日本社会から、こういうひずみが生まれるのは当然の話。小売業において、客がやたら店員に対して威張ったりするのと同じこと。
 そして、ヘルパーや店員の仕事につく人の多くが、社会的地位の低いパートタイマーであるから、見下されて当然という社会的肯定が存在するという現状。
 これを解決するには、右翼の言うような、クソの役にもたたない妄想道徳を打ち捨てて、「商取引においての店と客は金銭を通して対等である」とか、「サービスは有限の扶助であり、無償の奉仕ではない」なんていう、正しい意味での社会道徳を教育する方が先だ。

「子に会いたくない」続々 人工授精で精子提供の「父」
 まず「本当の父親」という言葉の意味が私には分からない。
 いや、意味は分かるけど、わざわざ「遺伝子上での父」と「育ての父」を区別する心情を理解できない。もちろん「産みの母、育ての母」という文脈でも同様。
 逆に、精子を提供しただけの、どこの馬の骨とも知らないガキに会いたくないという、精子提供者の気持ちは十分に理解できる。
 人間の間柄は、お互いの関係性の中に「のみ」あるべきで、それ以外の人間がどこからかやって来て、唐突に「肉親です」なんていうのは、迷惑甚だしい。肉親というのはお互いの関係性が外部的要因で強要されるのだ。
 親に虐待されて育てられた子供に「親を大切にしろ」などと無神経に言ったり、ちゃんと育てていたのに、たまたま子供が犯罪を犯してしまったために世間に迫害される親。など、「肉親」という圧力は恐ろしく強力なものだ。
 そうしたリスクを勘案に入れず、ただ人情的判断でのみ「子供に親を知る権利がある」などとするのは、大変危険なことだと思う。

館林市:公用自転車で効果 時間と経費、大幅節約−−職員に利用呼び掛け /群馬
 館林で公用自転車の利用が多く、高崎、前橋で少ないというのは、坂とかよりも、風の問題でしょう。
 群馬は赤城山から吹き降ろす「からっかぜ」が名物で、高崎や前橋ではその影響が大きいのですが、館林は赤城山から遠く、埼玉や栃木にほど近い土地であるために、空っ風のような強い風はさほど吹きません。
 自転車というのは風圧が一番の敵ですから、自転車にとっての障害が少ない館林で、自転車利用が多いのは当たり前の話ですね。


[#050519]

05/05/19

東大先端件「安全安心なんちゃら」のジャーナリストコース05年度概要。
 今回は現役ジャーナリスト向け。
 茂木健一郎は一回会ってみたいな。

シメイホワイト(750ml瓶)のコルクを押さえてる金属キャップを外したら、途端にコルク栓が飛んだよ。
 シメイはちょっとした拍子で開けた途端に中身が吹いたりするから怖いよ。でも旨いよ。

<新潟中越地震>優太ちゃん救出現場 メモリアルとして保存
 正直、こういう無神経な行為には怒りが湧く。
 わずか3歳の子供の生命が、この場所に一生縛り付けられることになる。
 たとえばアメリカのWTC痕など、歴史的な事件であったり、多くの人が死んだ場所にメモリアルを作るのは正当だろう。
 しかし、この場所はただTVでセンセーショナルに報じられた場所でしかない。共同体の記憶という意味でも、場所として正当ではない。

元ジャニーズJrら逮捕=おやじ狩りや金庫破り−警視庁
 誰か、この事件をTVニュースが報じてるのを見ました?ジャニーズの名前は出てますか?

単純な話、このままグローバリズム路線で世界が動くとすれば、中国との友好は、経済というものを考えた時に、最低条件になるわけですよ。
 ダカーポが右翼の特集をしていたので立ち読みしたけど、やっぱり右翼はオナニーのことしか考えてないのが丸分かり。結局、現実的な視野に立って国益とかを考えていない。日本はかくあるべきとかいうお題目を唱えるだけ。なんの役にも立たない。
 国益という話になると、世界がグローバリズム路線で動いている以上、ここ数年「世界の工場」と化している中国との友好は必要最低条件なわけだ。当然、安く商品が作れるということもあるけれども、こうした工場化の結果、国民全体の所得が底上げされて、世界最大の人口である中国人が、世界最大の消費者になる。
 アメリカ、欧州、日本のグローバリズム競争においては、これこそがゴールであり、中国を制するものが世界を制すと言っても過言ではない。
 この点において、今まで日本は中国に返還義務のないODAや日中友好など、欧米を一歩リードしてきた。けれども、小泉や一部右翼のオナニー癖が、そのリードを完全にぶっ潰した。抗日デモがアメリカ在住の中国人団体(韓国人団体だっけ?)がリードしたという報道があったが、それはあのデモが官製は官製でも、アメリカ官製デモであった可能性を示している。

 経済人はハッキリ言ったらいいのに「中国との友好無くして、日本経済の再生はない」と。

 もし、中国をどうしても外すというなら、世界2位の人口を持つインドを有する東南アジアとの友好をさらに広げるか、グローバリズムの流れ自体を否定するかのどちらかしかない。けれども、小泉政権はそのどちらの方向性も示してはいない。
 右翼や小泉は本当にお気楽過ぎる。日本のことをなんにも考えていない。

任天堂、SCE、MS、各社の次世代のゲーム機の概要がいろいろ出ているようですが、スペックでしか語れないゲーム機に興味はありません。


[#050518]

05/05/18

読者さんのところより。
 石原慎太郎猊下、電車の運転を語る。

(尼崎で列車事故について)やっぱり運転士の資質の問題だと思いますよ。私は、試験に、車庫の中で、あるところで電車の運転というのを体験させてもらったけど、そんなに難しいものじゃない。

それから、いつか「(JR特急)踊り子号」に乗ってですね、(略)運転席のすぐ後ろでずっと運転の模様を見てましたけども。(まどろっこしいので略)そんなに複雑な作業じゃないと思うんだけども。

(上記の引用は、読者さんが引用したものを、そのままコピペしました)
 「ギャルゲーマーの恋愛論」(走馬灯 by変死隊)だな。
 いつだったか、飛行機をハイジャックして「レインボーブリッジをくぐる」とか言ってたヤツいたじゃん。あれと思考回路がまったく同じ。猊下、素晴らしいよ猊下。
 しかも、運転の様子を見てたのだって、停車駅の少ない特急でしょ。それを都市圏で混雑時の通勤電車と比べんなよ。

 そんなこと言うなら、都知事の仕事なんか、黒い粉の入ったペットボトル振り回したり、電車の運転のまねごとをやったり、あとは頭のおかしなことを無責任に言って、家に帰ってチンコで障子を破るだけでしょ。そんなに難しいものじゃない(笑)。

 まぁ、結論としては、
 「一番大事な「都知事」という職掌にどういう人間を充てるかということに対して、「東京都民」はいささかずさんだったんじゃないかという気がしないでもありませんな。」ということです。ハイ。

Re-angerより。
 石原慎太郎猊下、フランス語を語る。

「フランス語は数を勘定できない言葉だから国際語として失格しているのも、むべなるかなという気がする。」

 該当発言のビデオを見ると、まぁ「教育改革はただの正常化だ」とか、ロクな事は言ってないわけですが、それをガマンしながらチェックすると、7分42秒ぐらいのところに、この発言がありました。
 「首都大学東京構想」に反対した人たちに対する悪口(としか言いようがない。都行政の長たる人間の発言ではない)の中で、都立大のドイツ語やフランス語の先生が多いわりに授業の聴講生が少ない(一桁)ということを挙げ、その後にこの「フランス語は数を勘定できない言葉」発言があります。

 別に、いまさらこのバカが何を言おうと驚きはしません。
 日本人を名乗るくせに三国人の言葉の意味も分からないような池沼が、他国語を理解できるハズがありませんし。

学力低下心配 「愛国心」大切 小中学生保護者の7割
 自民党の外郭団体、日本PTA全国評議会のことだから、どうせ恣意的な方法でアンケート取ったんでしょ。
 もちろん、そのことがバレないように、日Pのサイトには一切アンケートの詳細は掲載されていませんよ。


[#050516]

05/05/16

/.Jより「メガネに装着するHMD」
 「ウェアラブル業界のタブー」ワラタ。グラストロンやアイトレックが懐かしいな。
 用途としては、デジカメやビデオ撮影でファインダーや液晶を見なくて済むかも。子供の運動会を人壁の後ろから撮影するのにオススメか?でも、こんなの装着したお父ちゃんを子供が嫌がるかもな。
 他には、小さいのでいろいろ周囲を装飾して、サイバーチックなコスプレに。
 あとは、着ぐるみの中の人が外を見るのに使えるかも。意外と業務用で使えるシーンは多いような気がする。
 小さいということは、それだけで工夫の余地が大きいので、なんとか工夫して普及させてくれ。限定100台で6万円台なら、普及すれば2万円台で行けるだろ。
 がんばれHMD!がんばれ僕らの夢見た21世紀!!
 でも、本当は何もない空間にブィィンと画像が浮かぶのが21世紀のハズだが……

武田さんの15日の日記

もう一点、斎藤さんの拉致事件だが、拉致したと声明を出した集団がビデオを公開したのがニュースで流れている。そこで「ジャパニ」という声が聞こえたとされ、大野が「ジャパニというのはアフガニスタンとかパキスタン人」と分析している。しかし、これはビデオ制作を自分でやってみればわかるが、一度、テロップで文字化してしまうと、音はその文字以外には聞こえなくなる。視覚が聴覚を固定してしまうのは鮮やかなほどだ。最初の人質事件の時にも犯人グループが「言って、言って」と話しかけているとして自作自演説に油を注がれたことがあったが、案外とぼくたちは自由に聞けないものだということは注意した方がいい。テレビの制作スタッフなんて、そんな事情は百も承知だろうが「聞こえるでしょ、ほら」で済ませた方が良ければそうしちゃうんだろう。

 なるほど、空耳アワー方式ね。

小田嶋さんの日記
 俺も、あの「エイトマン」には、すごい違和感がある。香取のハットリ君など、どうでもいいぐらいの強烈な違和感だ。
 しかも15秒バージョンでアレだけの違和感があるのに、30秒バージョンはもうわけが分からなくなってくる。
 スマップが「光る海 光る大空 光る大地 ゆこう無限の地平線」と歌って、15秒バージョンは終るのだが、30秒バージョンではこのあとまで歌う。

 「♪フンフンフン フンフフ〜ンフン」

 走れエイトマンって歌いやがらねぇ!!
 このあと、最後までフンフンでやがんの。
 結局、フレッツ光のCMだから、歌詞の最初の部分以外に用はないというわけだ。

 ……そういえば最後の部分「叫べ胸を張れ 鋼鉄の胸を」……あ、メタル回線に戻っちゃった。ダメだ、この歌。

あのヒゲの記者を、何の根拠もなく朝日新聞記者とか言ってた香具師らを晒しあげ。
 訂正したサイトの言い訳がまた見苦しい。(藁)


[#050511]

05/05/11

1日早く、昨日にmoonridersの新譜「P*W Babies Paperback」を購入。
 暗い。とことん暗い。どこまで暗いかというと、「moonridersの夜」より暗い。しかも今回はビールは冷えてない。
 メンバーすべてが詩や曲を書いているけど、今回の中心は俺の印象としては、かしぶちさんとクジラさん。

 まずは、導入の1曲目「Waltz for Postwar.B」でやられるわけですよ。
 遊園地チックなセピア色の原風景を思い起こさせる曲だけど、アルバムの展開を考えると、ここで思い浮かべるべき風景は美しい過去ではなく、腐臭を放つやるせない最悪という言葉で表す以外にない、どん詰まりの過去の風景だ。
 ほら、もう暗い。
 2曲目「Wet Dreamland」青臭い青春の歌。歌詞を3回ぐらい読むと、タイトルの意味がよく分かる(笑)
 4曲目「ヤッホーヤッホーナンマイダ」例外的に明るい曲調。ただ、戦争の歌だけどね……
 7曲目「さすらう青春」せつねぇ。
 10曲目「真実の犬」寒々しいような、ほんわかとしているようなで、クジラさんらしい。
 12曲目「ひとは人間について語る」Study war no more
 13曲目「地下道Busker's Waltz」米の国のクソ野郎

 人によっては、アルバムを通して、青春の甘酸っぱさみたいなものを多く受け取る人もいるような気がするが、俺は暗さしか感じない。でも前作「Dire Morons TRIBUNE」よりは好き。

イラク人質事件の弟の方の査問会
 アレは記者会見じゃないね。「矢面に立たされる」という形容がしっくりきます。
 しかし、斎藤さんのいた会社を「警備会社」と書いてしまうマスコミはダメすぎだ。軍事請負企業だろ。
 中国の「抗日」デモの時も「反日」と書いて「中国は日本に敵対している」というイメージを発信しつづけてきたし、いったいマスコミは「国、国民」の味方なのか、「政府」の手先なのか、どっちだ。


[#050510]

05/05/10

JRの日勤教育が酷い酷いと言われているけど、「言われるほど酷いか?」と思ってしまうのは、やはり自分の育ってきた環境によるものだろうか。

イラクで日本人が拘束。(リンク省略)
 民間軍事会社で兵隊をし、危険に見合う報酬を得ていた(金のためにイラクに行った)のだから、100%自己責任である。(だが、日本政府が救出にあたるのは当たり前の話だ。戦争という強大な政治的「捻じれ」に対して、個人で責任を取ることなど誰にもできない。責任をとれるのは政府だけであり、こうした救出活動も「自己(=政府)責任を取るということ」の一環だ)
 彼に対し、あの醜悪な自己責任論が巻き起こらないとすれば、かつての自己責任の嵐はなんだったのか(「官製自己責任論」「ウヨ厨の祭り」「女子供イジメ」)ということになる。

 まぁ、上記のような冗談(冗談のような事例(自己責任論)が現実に巻き起こるから笑うよな)はともかく、多国籍私企業軍兵の中で日本人が一人だけ「重傷」で生存しているのは、たまたま運よくなのか、日本人と分かって狙って生かしたのかどっちなのか。
 もし後者だとすれば、まだ日本人に対しての尊敬(もちろん日本人が偉いとか言う意味ではなくて、友人としての)が残っているのか、交渉材料として有利だからなのか。

最後に、これワラタ
ニュー速報+より

645 名前:名無しさん@5周年 メール: 投稿日:2005/05/10(火) 10:55:09 ID:PaYCFnlL

何が自己責任だよ、本人は腹括って行ってるだろよ。
男らしいじゃないか。
味噌と糞を見分けられないようじゃこの先大変だよ。

652 名前:名無しさん@5周年 メール: 投稿日:2005/05/10(火) 10:56:17 ID:qnMnhtmm
>>645
本人が腹括っているからこそ、自己責任だろ


[#050506]

05/05/06

お手盛り解決キター。
 アメリカ産牛肉が輸入禁止になってから、結構な時間が経ったわけですが、分かったことは「別に米国産の牛肉なんかなくても困らない」ということです。困るのは吉野家ぐらいでしょ。
 前頭検査に科学的根拠がなくても、20か月以下の牛なら発病しないという科学的根拠もないからな。
 つか、異常プリオンの存在が問題なのであって、発病が問題なわけでもない。
 というわけで、誰もが問題の核心を放置したまま、政治的解決とあいなりました。めでたくないめでたくない。

つくばエクスプレス。短距離が高いなオイ。
 北千住〜秋葉原間が280円か。営団なら190円、JRなら乗り換えあるけど160円。これは戦略としてはどうなんだろう?
 当然、筑波からのお客さんは望めるワケだけど、途中駅の多くはつくばエクスプレスにあわせて開発しているような状態で、収益を見込めるまでに、かなりの時間がかかる。
 すると、手っ取り早いのは、北千住から秋葉原という、利用客を望める区間で多く稼いでおくこと。でも、この価格設定じゃお話しにならない。
 認可上こういう価格設定にせざるを得ないのかもしれないけど、この区間の格安回数券を発行するとか、なんとかここの区間で稼げる方策は考えておいた方がいいのでは?
 つか、いかにも都市機構のやっつけ仕事みたいな価格設定だよな。

ボウリング・フォー・尼崎。(リンク省略)

 別に、ボウリングしていたことが悪くないとは言わないけど、電車に運転手が乗っていたという報道から一続きという形での、「JR西日本の無責任さの象徴」であるかのような報道は、ちょっと腑に落ちない。
 だいたい、尼崎の事故は尼崎の車掌区が担当するのが当然であって、そこに天王寺車掌区の区長なんかが顔を出したら、それは越権行為だろう。
 もちろん、会社に戻って待機というのが最善だろうけど、別にボウリングしてたからって、本当にここまで大声で批難することか?
 つか、このことがなんとなく「最前線に居さえすればいい」という、新聞屋やテレビ屋特有の意識を大声で主張しているだけのような気がする。
 どっかの映画で変な刑事が「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!!」と叫ぶのがあるけど、別に現場だけで事件は起きてるんじゃない。
 新潟震災の時に、小泉がわざわざ現地に行って握手会していたけど、アレに小泉の人気取り以外の意味が1つでもあるのか?
 そして、その電車に乗り合わせた別の路線の運転手に至っては、当然出社するのが当たり前ではないか。事故の起きた以外の全ての路線区を全面運行停止にでもするつもりか?
 もちろん、その2人がいなきゃ電車が運行できないと言うわけではないのだろうけど、別に出社させたって問題はない。
 逆にあの場でJR西日本の人間であることがバレてしまったら、一介の運転手に現場の指揮を取るような権限もないはずで、余計な混乱をきたしたんじゃないだろうか?逆に、運転手であることをばらさずに救助というのも、おかしな感じがするし。

 擁護はしないけど、ただJR西日本を叩けばいいという報道は、結局事故の教訓を何も産まないどころか、害になるだけだ。


 そいえば、例の3人がイラクで人質になったことを知った後、小泉はワインを飲んでたっけね。森喜郎はえひめ丸の時にゴルフをしてたな。首相という、日本の最高責任者なのに。


[#050501]

05/05/01

ピースボートの野平晋作氏と電話で激論しました

mu 日本人が「加害者」のときは「嫌がらせはよくない」と主張して、日本人が被害者のときは「その原因を考えてみるべき」というのは、完全なダブルスタンダードなんです

 この一文をみて思うのは「お前はいったい誰なんだ?」ということです。
 「日本人が」と言うけれども、じゃあお前は日本人じゃないのかと。
 つまり、そもそもこのバカウヨ厨には「自分=日本人」という等式が、意識の上で成立していないんです。だから日本人をここまで客観視しようとする。
 しかし、それは客観視ではなくて、単なる「神の視点」であり、自分という主観こそが客観であると思いこんでいるに過ぎない。つまり二重の意味で、彼らはおかしな場所にいるわけですね。

 我々が日本人である以上、自分が他人に手を出すことは控え、手を出された時に、その原因を自分の中に探そうとするのは、至極当然の自省であり、それがダブルスタンダードであるはずがない。
 それをダブルスタンダードだと考えるのは、「自分と日本」が致命的なまでに離反しているからです。
 「自分=日本」という意識が自我に確立していれば、中国の反応がああして起こった時に「なぜ、あのような反応をするんだろうか?」と考えるのが普通の社会性であって、それに対して冷笑的な立場をとれるのは、彼らの自我と日本という「他者」が離反しているからです。離反しているから、自分が責められているという意識がない。自分とは関係のない他人のやり合いを、仲裁ではなく「ジャッジメント」しているイメージしか持っていない。
 そんな彼らが必死になって「大いなる日本」と一体化しようとしている様は、当然のように日本と一体化している私から見て、酷く滑稽に見えます。

 また、彼らがこれをダブルスタンダードだというのは、こうした外交を「勝負論」としか見ていないから。「舐められたら負け」っていうDQNの論理ですね。自国の利益のために清濁合わせ飲むだけの胆力がない。
 どこで見たんだか忘れたけど、右系の集会かなんかで誰かが「ドイツは(自国が悪いということで)WWW2を総括したから、軍隊をもてる」とか言った人がいるそうですが、分かってるなら自分もやれよということです。
 軍隊を持つことが目的なら、そのために自国の恥を甘んじる程度のことはしろよと。
 日本と北朝鮮の間には拉致問題があるわけですが、ほぼ確実に敵対的な北朝鮮という国家(それも最初の5人を返さなかったのが原因なんだが、この際それは置いておく)があるときに、その北朝鮮との太いパイプを持っている中国と、融和的な外交を行うことは、拉致問題という目的を達成するためなら、何ら矛盾ではないわけです。北朝鮮と同一民族国家である韓国ももちろん。
 けれども、そこで靖国に参拝する首相や政治家、自慰史観を表明する連中は、致命的なまでに目的達成能力がないのです。
 いや、靖国に参拝したり、自慰教科書を出版する程度のことが最終目的だというなら、別にいいんですが……

 結論?
 「気持ち悪い」
 以上。

科学常識このぐらいは――目安作り、文科省乗り出す
 問6を間違えた。中学生レベルの問題なのに。7は正解だったけど、知識はあやふや。
 でも、レーザーがどうやってできているかなんて、必要なリテラシー能力なのか?
 しかし、それにしてもこの問題群で54%はないだろ。どのツラ下げて「子供の学力が低下している!なんとかしなければ!」とか言えるんだ?

すっかり繋がらないJCのミラーサイトの役目をできるBlogを探しているんだが、いいところが見つからない。
 ミラーというよりは、前後期課題の掲載が目的で、そのためには「1、利用規約で、著作権は投稿者のものであると明記している」「2、投稿文字数が少なくとも3万字以上」の要件を満たす必要がある。
 1に関しては、各サービスの著作権記述をまとめているサイトを見つけたので簡単なのですが、2の方はなかなか見つかりません。
 だいたい、Blogサービスは「日記を書く」という前提の上に提供されているのであり、通常の日記に「数万字」という文字数が必要な事はないので、まぁしかたありません。
 しかし、それは同時に表現がその範囲内に規定されてしまうことを意味します。我々の言論は運用されるシステムによって、当然制限を受けるのです。このことは、少なくともジャーナリズムを考える人にとって、考えが過ぎるということは決してありません。

 ちなみに、どうしてJCのミラーサイトの役目をできるBlogを探しているかというのは、武田さんのところの4月29日に書かれたとおり。



Homeへ戻る