憂国日記
(5月(下旬)の日記)


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著書、絶賛発売中:『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)

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[#020529]
02/05/29

「face to face」な暴力支配

フクダさんが何か人間として相当誤った道に進もうとしています。
 誰か止めてあげてー。

・小林……もとい「少林サッカー」を映画館に見に行こうか、レンタル待とうか考え中。
 ああいうバカ映画は巨大スクリーンがいいよなぁ。やっぱり。
 でも、こういう田舎から映画館に行こうと思うと、交通費が問題なんだよなぁ。

・ええと、ずいぶん前に「face to faceはヤバい」何てことを書きましたが、あれは自分の心の中にずーっと引っかかってて、事あるたびにいろいろ考えてました。その方向性がひとまずまとまったので、ご報告です。

 最初に結論を書いてしまうと、まぁ今日の日記タイトルの通り「face to faceはネットの世界をリアルの暴力的支配に陥れようとする罠である」ということになる。では、これを説明していく。

 そもそも、我々のいわゆる「リアル」と呼ばれる世界は秩序によって成り立っている。その秩序とは、法やお金はもちろんなのだが、もっとも我々が接する秩序は「暴力」そのものである。
 キチガイウヨクがよく言うところの「父性」とは、家庭の秩序を保つための暴力そのものだし、「大人は子供を殴らないから社会がおかしくなった」みたいな話はいろんなところで聞く。権威や権力だって暴力の一つである。ここでは、その善悪は問わずに、いわゆる「暴力」の存在が現行の社会的秩序と不可分であることを再確認して欲しい。
 こうした現行の秩序保持のための暴力が必要十分に可能である前提として、相手の身元、身分の確定もそうであるのだが、一番重要なのはやはり「肉体の存在」である。世の中の全ての人間にとって痛みは避けたいものであり(いや、別にそういう性癖の人を無視するわけではありませんが……)、痛みは弱みであるからこそ、暴力と権力は「弱みを握る」という文脈において極めて強固に結びつく。
 ところが、権力者にとっての「暴力」が通用しない場所が生まれた。それがインターネットだ。
 インターネットにおいては、「場所」というリアルな概念が存在しないがために、IPの経路をたどることでしか「本人」を見ることはできず、また、全てのコンピューターはTCP/IPの名の下に平等であるがためにリアルな権力も何の意味をなさない。すなわち、インターネットの存在はリアルの秩序という神話的暴力に対する神的暴力なのである。ちなみに「神話的暴力」とか「神的暴力」というのは、ベンヤミンの『暴力批判論』に出てくるあれである。『暴力批判論』そのものについては俺自身もそれほど詳しくないので(だったらそういう言葉を使うなという批判はご勝手に)アレなのだが、とにかく、インターネットという存在が、リアルから見れば極めて暴力的なものであるという事だけ確認して欲しい。そして、インターネットの存在はリアルの秩序にとっての危機だということも。
 だが、もはやこうした暴力に対して直接的な暴力(ネット規制等)で返すような時代は既に過ぎ去っており、リアルはネットのアーキテクチャを変更することによって、ネットをリアルの従属物として取り込むことを選択した。この辺はレッシグ教授の『CODE』を読んで欲しい。
 そしてまた、実は「face to face」という考え方も、ネットをリアルに従属させる思想なのである。
 なぜなら、我々は「肉体的なたたずまい」においても暴力的に支配されるのであり、たとえネットワーク上において対等であったとしても、顔を合わせた途端に立派なスーツを着た人の文章はより立派に、みすぼらしい服装の人の文章はよりみすぼらしく変換されてしまう。また「face to face」の文脈において、自己紹介は必要不可欠であろうから、発言機会そのものは平等であっても、もはやその場に真の発言の平等は存在しない。その対話は既にリアルに取り込まれてしまっているのだから。

 インターネットに対する「危険なもの」「よくわからないもの」という考え方は、我々がリアルの秩序しか知らないからこそ生まれるものである。それならば、我々は積極的にインターネットの思想をじっくり非住民につたえ、納得してもらうべきなのであって、市民のためにインターネットを開放するには?という文脈において、安易にインターネットの思想をリアルの秩序に擦り寄らせるべきではない。「face to face」の文脈とは、擦り寄りそのものなのだ。

 とりあえず叩き台はこんなもん。


[#020528]
02/05/28

いい加減、更新しようよ

・そいえば、XBoxのCMの「キレてきたぜ」のコピーは「ゲイツくんブチキレですよ」という意味ですか?それともDVDが切れて傷(以下略)。

・祝。AXNでサウスパーク放送開始決定。

「日本の生徒は勉強していない」というコンセンサスを作るためのお手盛りデータ発表。
 あのさぁ、このデータで一体なにが分かるのかと。結局、学力そのものが低下しているというデータを発表できない(そんな事実が存在しないのだから)から、こういう「学力が低下してるっぽい」データを公表せざるをえない、日本青少年研究所の苦しいお台所事情くらいしか分かりませんね。
 ところで、ここの所長をしている「千石 保」というお爺ちゃんがかなりアレゲな人物で、21世紀になってすら、今までの6334から会社という狭いラインでしか物事を考えてなくて……。まぁ、図書館で彼の本でも借りてきて、もうちょっと詳しく考えてみます。


[#020524]
02/05/24

教育とは何か

・そいえば、昨日の日記でWWF系のお薦めサイトを紹介するの忘れてました。
「私の生き方」
 世界王座に挑戦できるようなメインのスーパースターではなく、レフェリーや中堅(というか閑職)レスラーといった脇役にスポットを当てたサイト。悲哀を帯びた面白い読み物です。

・ぶっちゃけた話、我々大人が子供に教えるべき教育とはなんぞやと。
 それは、「表A」の裏側、「裏A」のさらに裏側に潜む「表A'」、すなわち「「裏A」論理の存在を前提とした「表A」。表の裏の裏としての「表A'」」という考え方を教える事なのではないかと。(ところで、「ダッシュ」って「'」と「`」のどっちを使うのがいいんでしょうか?とりあえずキーの叩きやすさを考えて前者で統一しておきますが……でもこれシングルクォーテーションだよなぁ)
 例を挙げると、資本主義における「表A」が「公正な競争原理」であって、「裏A」が「強いものが勝つ(最大の利益を得る)のが当たり前なのだから、不正競争とか何言ってるんだ。共産主義じゃあるまいし」で、「表A」しか知らない人はこの「裏A」の論理に負けてしまう。ところが「表A'」として「資本主義においては、消費の底辺を広げれば広げるほど(パイが大きいほど)、頂点にいる企業は多大な利益を期待できる。故に、公正な競争原理を保つことによって、常に市場を拡張しつつ、トップに立ちつづけることが重要なのだ」という論理が存在する。つまり「強いものが最大の利益を得るべき」という「裏A」論理を飲み込んだ形での「公正な競争原理」という「表A」論理が存在するのが、この「表A'」論理というわけだ。

 もっと教育という枠で例を挙げれば「どうして人を殺してはいけないのか」という話にもあてはめられる。
 最初に道徳としての「人を殺してはいけない(表A)」というのがあって、それに対して「自分が気に食わない(不快な)人間は、自分の平穏を保つためにも排除するべきだ」という対論がある。
 この両者を成立させる論理は「自分が人を殺していいということは、他人も自分を殺してもいいということだ。自分がいつ殺されるかもしなれいという緊張感の中で人は平穏を保てない。だからこそ、お互いに人を殺さないという約束が暗黙のうちになされている(表A')」ということだ。

 今、日本において行われている馬鹿げた騒動というのは「表A」対「裏A」という構図でなされている。上っ面のみの表Aに疑念を抱く人たちが考えなしに裏Aを高らかに叫んでいる。アレフに対する住民の反発なんかはまったくこのままであって「アレフの人間も受け入れるべき」とする単純人権主張的な「表A」に対して「殺人教団なんか受け入れられるか」という「裏A」が存在する。もちろん、裁判所判決の意味合いは「表A」ではなく「表A'」の意味(社会が受け入れることによって、殺人教団で無くする)なのだが、大抵の日本人はそれを理解できるだけの「学力(とあえて書く)」を持っていない。

 よくよく考えてみたら、我々は学校において「表A」の論理ばかりを学ばされてきた。
「戦争はいけません」「イジメはいけません」「部落差別はいけません」「宇宙船地球号」「etc……」
 これらの羅列に対して教師や親に「なぜ?」と問うたとして、決してまともな答えは帰ってこなかった。だって、彼らもそんなこと知らないんだから。
 自分は幸い、勉強というモノを通じて「勉強しなきゃいけない(表A)」「勉強なんか所詮は受験の道具でしかない(裏B)」という2論の齟齬に悩んで来たからこそ、こうして「表A'」を考えることもできるが、大学に普通に入って、そのまま社会経験も得ずに学校に就職してしまう教師は決してこれに悩むことはない。分かるはずがなくて当たり前なのである。親だって終身雇用制というぬるま湯の中で、自分の仕事環境だけを「社会」そのものと信じ続けて(会社=社会)来たのだから何をか言わんや。

 実のところ「表A'」というのは、自分が生きて来た中での自分なりの結論に過ぎない。
 これを直接、学校などで教えることは不可能だし、経験という裏付のない「表A'」は実際は単なる「表A」に過ぎない。
 ただし、間接的に「表A'」という存在に気付いてくれ、と働きかけることはできる。それこそが教育なのだろうと俺は考える。


[#020523]
02/05/23

J-skyスポーツ

ペリー現る!(白元の風)
 俺も見たよー。

・スカパー見てるんですが、最近はJ-skyスポーツが中心になっています。
 WWF(パンダ野郎のおかげでWWEに改称)はもちろんですが、他にスヌーカーとダーツをよく見ています。
 スヌーカーは日本でもよく見るビリヤードより2周りほど大きなテーブルと、1周り小さなボールとポケットを使ったゲームです。
 まぁ、詳しくは上記リンク先を見ていただくとして、とにかく実力がなければゲーム自体が成立しないゲームです。
 ちなみに日本にはスヌーカーの台が全国で10台前後しかないらしいです。

 あと、ダーツなんですが、日本において「ダーツ」という名前を知らない人はいないであろうにもかかわらず、そのルールはほとんど知られていないという、極めて不遇なスポーツです。
 日本における「ダーツ」とは、バラエティ番組における、的がぐるぐる回って、観客が「パジェロパジェロ」と叫ぶ、本来のダーツとは似ても似つかないそれです。故に「日本におけるダーツの立場=フランキー為谷の立場という等式が成り立ってしまいます。これは凄まじく不遇です。
 いえ、別に不遇だからどうかとかではなくて、自分がダーツの道具とか欲しいなと思っただけなんですけどね。スヌーカーはまさか自宅に置くわけにも。(笑)


[#020519]
02/05/19

特に何もないんですが更新

・更新サボり過ぎたー。

XBox、発売開始わずか3ヶ月で定価1万円引き。
 HALOの自作自演キャンペーンとか、本当に追い詰められてるんだなぁと。
 あぁPC-FX、あぁジャガー、あぁpipin@、あぁ3DO。

お間違いなく、昭和39年の記事です!!
 もう40年くらい前ですか。これも「最近の若い者は」と同じみたいです。

新しいAIBO。ダサー。

・ふと気づいたらvideonews.comWebMoneyが使えるようになっていたので、さっそく購入。
 やっぱり丸激トークは面白いなぁ。とりあえず第49回の「誰がメディアリテラシー教育を潰したのか」を見てみると、GHQ占領下においてメディアリテラシー教育が行われていたことにビックリ。その後にアメリカの都合で「学力の低下」などと言って、能力教育中心に移行させてリテラシー教育をやめさせたことに2度ビックリ。
 なるほど、日本をアメリカの属国化したい時には健全な批判精神を育てるリテラシー教育は邪魔だったのね。ふーん。


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