憂国日記
(10月(上旬)の日記)


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著書、絶賛発売中:『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)

テロか事故か?
わたくし、東天王ヨブは、アメリカでテロがあったら大騒ぎするけれども、現在、世界各国で続いている内戦や戦争に対して全く不感症な人達への抗議の意味をこめて、この不謹慎なギャグ画像を公開しています。

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[#011014]
01/10/14

made in japanの危機

猫にマイクロチップ
 ペットを飼っている人達は「去勢」についてどう考えてるんでしょうか。
 第二次性徴や行動が人間にとって都合が悪いからといって、去勢やマイクロチップを埋めこむことが「飼い主の責任」や「マナー」だとは、とても思えないんですがね。
 だからこそ俺はペットなんか死んでも飼いたくないんですが。

・ところで狂牛病のことを、ほとんど書いてませんでしたね。
 まず、私はその危険性については4日の日記に書いたように、非常にどうでもよく思っています。もちろん、面倒でない範囲で情報は集めてますが(「ニクコップン」とかはよく見てる)、それ以上に何かしようと言う気はありません。
 むしろ興味があるのは、この危機というのが、畜産のみに終わらない「made in japanの危機」なのではないかということですね。
 私は「薬害エイズ」「神奈川県警不祥事」そして今回の「狂牛病発生」というものを、同等の事件であると見ています。どういうことかといえば、その事件が「そのもの」だけに留まらず、その周辺に極めて重大な影響を与えるということです。
 まず「薬害エイズ」ですが、この事件によって「ミドリ十字」が罰せられただけではなく、これにより「医療不信」の感が広まったことにより、全国さまざまな病院の「医療ミス」が表出することになったわけです。
 多分「薬害エイズ」前だったら、ほとんどの被害者は病院側の「手は尽くしたのですが……」という言葉に不信を抱くことは無かったでしょう。しかし薬害エイズ事件によって、医療というものの虚栄が剥ぎ取られたからこそ、被害者は「医者の嘘」を見抜く事ができるようになったのです。
「神奈川県警不祥事」についても同じです。「正義の警察」という幻想が剥ぎ取られることによって、我々は「警察そのもの」を完全には信用しなくなったのです。
 では、狂牛病においては何が剥ぎ取られたのでしょうか?それは「made in japan」という幻想です。
 我々は今まで「日本製品はとても素晴らしい」という事に疑問を抱きませんでした。日本の車は燃費がよく小回りがきき、日本の米は大変おいしく艶があり、日本の電化製品は最先端の技術でつくられていて、日本の牛肉はおいしく安全だったわけです。特に農畜産物に関しては、牛肉豚肉キノコ米麦ソバトマトとうもろこしカボチャ茄子etc...とにかく「日本産」が最高においしく、最高に安全だったわけです。
 そして農政省だか厚生省だかの役人も「日本の牛は安全である」という「当たり前だった事実」に基づいて、狂牛病の検査を行っていたからこそ、つい最近まで日本で狂牛病の牛は発見されなかったのです。
 しかし、何の手違い(!)があったのか、狂牛病の牛は発見されてしまいました。
 こうなるともはや「日本の牛は安全である」という前提に基づいてつくられたデータなどに何の価値もありません。検査をしていた人間ですら、本当にその牛は狂牛病では無かったのかという問いに「絶対に狂牛病ではなかった」と言い切ることはできなくなりました。
 そしてこれは他の食品。いや、それだけではなく、日本でつくられた製品全般に言うことができるのです。
 皆さんは去年起きた雪印の集団食中毒事件を覚えていると思いますが、あれだってその製造過程は「HACCP(総合衛生管理製造過程)」の承認を経ていたのです。ただし、現実にはその過程を現場レベルで正しく実践していませんでした。ところが、国は「HACCPの承認を受けた企業はその製造過程を間違いなく実践している」という前提で検査をしていたわけです。まぁ「○月○日に検査に行くよ」くらいのことが被検査側に伝わっていたであろう事は想像に難くありません。結果、あの集団食中毒事件が起きたわけです。その代償として、今も乳製品などに記されつづけている、あの「HACCPマーク」は何らその安全性を保証するものではなくなってしまったのです。
 まぁ、この集団食中毒の場合は、せいぜい「HACCPマークの失墜」ですから、国にとって大した被害は無かったといっていいでしょう(「森首相」という冗談に比べれば全然)。しかし、今回の場合はそうはいきません。「made in japan」の失墜は、そのまま日本の農畜産業の失墜を意味します。
 ただでさえ、単純労働の海外流出が進み、諸外国から「日本向け」の食品が作られ輸入されている中で、日本の農畜産業の生命線は「やっぱり日本産がいいね」という、誰の目にも明らかな前提だったのです。しかし、狂牛病事件によって、これが前提として通用しなくなった今、消費者が日本産の食品を選ぶ理由はどこにあるというのでしょうか?
 もちろんこれは昨日今日で変わると言うものではありませんが「made in japan」という権威がなくなった以上、日本の農畜産業は長期的には必ず先細りになりますし、これまで以上に食品の潜在的な危険性が問題にされることでしょう。

[#011011]
01/10/11

モノより思い出?

「CODE」でおなじみのローレンスレッシグ教授、来る。

・先日10/10日は栃木県南部は1日中、雨でした。
 他の地方はどうだったのでしょうか?東日本は結構崩れてたらしいけど。
 去年はハッピーマンデー法施行後初めての体育の日で、その日の天気が崩れて、10/10は晴れたもんだから「特異日」を主張する方々は鼻高々のようでしたが、今年はそのようにはいかなかったようです。つか、1年前に自分がそんなことを言ったことすら忘れている人が多いだろうけど。しかし各自の日記にはしっかり残ってますからね。おお、怖い怖い。
 ちなみに去年の時点で「10/10は特異日ではない」と言っている人もいますね。

 ところで、この時期の夕方のニュースショーの目玉といえば……いや、この表現も変なんだよな。何を変だと思っているかはこの後に書くけど。目玉といえば「ある家族の運動会騒動記」のような企画。つか、いつから目玉になっているのかがまったく記憶にないんだけど、確かに去年もやってたし、一昨年も見た記憶があるということで、風物詩になっているんだろう。
 そんなこんなで今回もそんなのを見てたんだけど、お母さんがやたらと張り切っているのね。お父さんなんか朝から場所取りに行かせてみたり。でさ、その中で疑問だったのが、当日になっておばあちゃんが「用事があるから」という理由で行かないとか言い出したらしいの。そこでお母さんがおばあちゃんを「罵倒」するんだよね。電話越しなんだけど「なんでそんなこと言うの!?」「ずっと前から言ってあったじゃない」と、まるで運動会にこないということを、それこそ村の掟を破ったかのように言うわけ。しかもTVカメラの前で。これ、ちょっと視点を変えれば「全国放送で年老いた母を罵倒する鬼嫁」ですよ。
 話は変わるけど「モノより思い出」ってCMあるでしょ。俺はあのCMにすっごい違和感を感じつづけてるんですよ。何故かと言うと、思い出ってのは「あることをした結果、思い出になる」わけであって、決して「何らかのイベントが思い出になる」わけではないでしょ。つまりこのCMで言えば、セレナに乗って家族で出かけたところで、それが思い出になるとは限らないわけですよ。友達と普通に遊んでいることが自然と思い出となったり、なにげない風景が思い出になったり、思い出ってのは「あることの「たまたま」の結果」でしかないわけです。ところがあのCMは親に対して「子供を日産の車に乗ってどこかにつれてかなければ、モノやカネばかりを信奉する人間になってしまいますよ」という恐喝をやってるわけでしょ。いや、そこまで言わなくてもいいけど「思い出」というものを「子供自身がが自然に作り出すもの」ではなく「親が作り出してあげるもの」として取り扱ってしまっている時点で、果たしてそうして人工的に作り出そうとした「思い出」とやらが、本当に「いい思い出」として心の奥に残るのかな?と感じてしまうわけです。
 さっき書いた「全国放送で年老いた母を罵倒する鬼嫁」にしたって、本人は「家族全員で子供を応援して、いい思い出を」と思ってやってるんだろうけど、もし俺が子供だったら、あのおばあちゃんを罵倒する母親を見たら絶対に「嫌な思い出」としてしか残らない。確かに、あの場面に子供はいなかった(多分すでに学校に行っていたんだろう)けど、後であの放送を見るんだろうし。それを思うと母親の思いの空回り、すなわち「思い出の信奉」が子供に決していい影響を与えているとは言いがたいんだよね。
 しかも、思い出というものは決して「形あるもの」ではない、すなわち「確定されたもの」ではありません。「「私達のお金は、どこへ行ったのか」くらしをガンバル生活者からのメッセージ」の「25才の思い出」というところに、
海外旅行。物はいつか壊れるけど、思い出はいつまでも残るから。 [25才・独身女性]
 というのがありますが、元の質問は置いておくとしても「思い出はいつまでも残る」というのは嘘。人はさまざまなことを「忘れて」生きて行くものだというのは、数々の文学が証明してきたことでもあるし、いい思い出は時を経て嫌な思い出に変質したりする(もちろん、その逆もあり得る)。このように「いい思い出」とは決して「確定されたもの」ではないのです。
 ところが、我々がそれをまるで「確定されたもの」であるかのように見てしまう現状というのは、それはすなわち「我々が思い出を物質的に捕らえている」ことに他ならないわけです。つまり、運動会に家族総出で見に行ってビデオカメラを回したり、セレナでキャンプにいくような行為というのは、間接的に「思い出を買っている」といっても過言ではありません。
 祭りだの運動会だのキャンプだの旅行だのそうした中の「物質化された思い出」が、その反発である「思い出によらない今(カネやモノ。今、楽しければいい)」という感情を呼び起こすことは想像に難くありません。(この両者には「結局、物質的である」という共通点が見えます)
 最後に。
 今の子供の「ふるさと」は「ウサギ追いしかの山 小鮒釣りしかの川」ではありません。物質に囲まれた、この場所こそが「ふるさと」なのです。大人の言う「思い出」は大人たちの幼かった頃のものでしかありません。決して「子供の思い出」ではないのです。もしかしたら、そのうち俺も人の親になるようなことがあるかもしれませんが、それだけは肝に命じておきたいと思います。

 書きたかったことをつらつらと書いたので、まとまってなくてすいません。

[#011009]
01/10/09

最近はすっかり

日コンの山本理事長が、お仕事しています(藁)。

・最近はどうも自分が「ほとんど考えない」周期に入っているらしく、あんまり日記に書くような話が思いつきません。
 なので、しばらくはこうやってお茶を濁しつつ細々と更新していきたいと思っています。

[#011007]
01/10/07

なんにも思いつかないのでお茶を濁しとく


[#011004]
01/10/04

話し合えないの?

・いま「バカ殿」で「田代盗撮ネタ」をやってたよ。ほんの少しだけど、事務所側がそれを止めない姿勢はいい。頑張れマーシー。

・例のテロ?への比重が薄れてきて、ようやく狂牛病報道に手が回るようになってきたみたい。
 だけど、いるんだろうな。タバコを吸いながら「怖いから牛肉食わない」とか言ってるマヌケが。じゃあ、その手に持ってる毒物はなんだと。

・さて、俺にとっては狂牛病などどうでもいいんで(つか、狂牛病由来の変異型ヤコブにかかるよりは、車に轢かれて死ぬ可能性のほうがはるかに高いと思っているので)、こっちのほうが重要な中東情勢。
 プレイボーイ誌に外人部隊で傭兵やってる日本人の話が出ていたな。そういう立場にでも立たない限り、きっと「戦争が日常」という事の意味は分からないんだろう。つか、よしりん信者はとっとと傭兵やればぁ?

 プレイボーイといえば、桜井よし子が「テロと話し合いができますか?」なんて事をいっていた。
 つか、これはウヨ厨は必ず言うよね。「テロリストと話し合いなんかできるはずがない」と。でもこれは単純な言葉のレトリック。
 そもそもテロリストがテロリストと呼ぶためには、実際にテロを行わなければそう呼べないわけ。つまり、テロをしていないテロリストは普通の人間なわけです。
 じゃあ、普通の人間に話し合いができるはずがないのかと。そんなことないでしょ。
 犯罪者は犯罪を侵さない限り一般市民であるように、テロリストはテロをしない限りは一般市民なわけで、罪を犯していない人間に対して、その遂行を思いとどまらせることは「できる」とすることこそが民主主義国家下における司法の大前提です。これが「責任能力」というものです。その罪を犯そうと思わなければ、回避できたのにもかかわらず、あえてその罪を犯したことこそが「犯罪」なのです。(だからこそ「回避できない罪」、たとえば正当防衛の状況下で殺人をしてしまっても、それは罪に問われないわけです)
 ちなみに話し合いを「できない」とした場合には「責任能力の欠如」ということで、そもそも罪に問われません。もしテロリストに対して「話し合いが不可能」であると考えるならば、そもそも、そのテロリストは民主主義国家によって罪に問われることはないのです。

 と、いうことで「テロリストと話し合いができるのか?」なんていっていい気になっている厨房には、それがすなわち「テロリストの罪を問わない」=「テロの無条件支援」であることを指摘してあげましょう。

[#011002]
01/10/02

あいかわらず存在意義不明な守る会

・次のプロバイダはhungerfree.netがいいな。クレジットカードないんで、入れないけど。

子ども教の信者は目をさましましょう
 同意。つか、今後「子ども」という記述については「ガキども」と読むことにしましょう。

 つーことで久しぶりの「子ども(ガキども)を有害サイトから守る会」が意味不明なアンケートを実施中です。
「親からみた子ども(ガキども)の携帯電話」の方のアンケートはまぁいいのですが、「携帯電話が危ない」の方は、一体何を聞きたいのやら。
 まず、こうしたアンケートの中で「電磁波」みたいな話をする時点で、もうその感覚が信用できません。これは「電車での携帯電話使用について」という設問の中の話なので、おおよそ「ペースメーカーの誤作動」を問題にしていると思うんですが、あまりにも問題を単純化し過ぎ(だと思う。質問の意図がつかめないのがあれだけど、ここの団体のいいかげんな性格として)です。ここの質問集にあるように、8割のペースメーカーは携帯をいくら近づけたところで、影響はないということです(もちろんその他の場合も、)、さらにはほぼすべての機種は10cmも離れていれば影響は全くないのですから、必要以上に(こんなアジイラストのように)携帯電話を忌避する事はありません。つか、それ以前に電磁波の話だったら、携帯とPHSの区別はしとくように。電磁波の出力がまったく違うんだから。(あと、一応ここにもリンクしときます
 しかし、本当にこの質問群から何の結論を出そうと言うのだか……。

・大田さん「民主主義とは何か あるいは 政治指導者の説明責任」

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