憂国日記
(8月(下旬)の日記)


Homeへ戻る  日記内を検索できます。  深夜のシマネコBlog
 (↑上記Blogが現在のメインです。このアーカイブはBlogから数日〜数カ月後に更新されます)

2011年
N1111  N1110  N1105 
2010年
N1012  N1011  N1010  N1009  N1008  N1007  N1006  N1005  N1004  N1003  N1002  N1001 
2009年
N0912  N0911  N0910  N0909  N0908  N0907  N0906  N0905  N0904  N0903  N0902  N0901 
2008年
N0812  N0811  N0810  N0809  N0808  N0807  N0806  N0805  N0804  N0803  N0802  N0801 
2007年
N0712  N0711  N0710  N0709  N0708  N0707  N0706  N0705  N0704  N0703  N0702  N0701 
2006年
N0612  N0611  N0610  N0609  N0608  N0607  N0606  N0605  N0604  N0603  N0602  N0601 
2005年
N0512  N0511  N0510  N0509  N0508  N0507  N0506  N0505  N0504  N0503  N0502  N0501 
2004年
N0412  N0411  N0410  N0409  N0408  N0407  N0406  N0405  N0404  N0403  N0402  N0401 
2003年
N0312  N0311  N0310  N0309  N0308  N0307  N0306  N0305  N0304  N0303  N0302  N0301 
2002年
N0212  N0211  N0210  N0209_l N0209_f  N0208_l N0208_f  N0207_l N0207_f  N0206_l N0206_f  N0205_l N0205_f  N0204_l N0204_f  N0203_l N0203_f  N0202_l N0202_f  N0201_l N0201_f 
2001年
N0112_l N0112_f  N0111_l N0111_f  N0110_l N0110_f  N0109_l N0109_f  N0108_l N0108_f  N0107_l N0107_f  N0106_l N0106_f  N0105_l N0105_f  N0104_l N0104_f  N0103_l N0103_f  N0102_l N0102_f  N0101_l N0101_f 
2000年
N0012_l N0012_f  N0011_l N0011_f  N0010_l N0010_f  N0009_l N0009_f  N0008_l N0008_f  N0007_l N0007_f  N0006_l N0006_f  N0005_l N0005_f  N0004_l N0004_f  N0003_l N0003_f  N0002  N0001 
1999年
N9912  N9911  N9910  N9909  N9908  N9907  N9906  N9905  N9904  N9903  N9902  N9901 
1998年
N9812  N9811  N9810  N9809  N9808  N9807  N9806  N9805  N9804  それ以前 

(「f」は上旬「l」は下旬です)

ご意見ご感想はメール、もしくは掲示板までよろしくお願いします。

著書、絶賛発売中:『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)

各日付ごとにnameアトリビュートを設定しています(日付の上部に薄い灰色で表記)。リンク等にご利用ください。
[#010831]
01/08/31

「比ヤング氏問題」という大問題? 続き

・わたくし東天王ヨブは以下の問題が解決されるまで、Der Angriff掲示板への投稿を自粛します。
  1. 現在のDer Angriffと河上イチローの関係性を明確にすること。
  2. 今回の件(いわゆる「比ヤング氏問題」)に関して副管理人自身の見解を各々が明確にすること
 知事室はガラス張りであるべきです。
(ちなみにDer Angriff掲示板の内容をこっちに引用したりはします)

・前回の続き、というか詳細。
 もうちょっと理路整然とした話をするならば、片方の普段我々が用いる「理路整然とした論理」の反対に「雑然とした感情」(アニオタウヨを想像していただけるといいかと)が存在する。この2つは現代日本においては全く離反してしまっている。「理路整然とした論理」側は自ずと「雑然とした感情」を高みから見下ろすし、「雑然とした感情」側は「理路整然とした論理」に対して反抗感を露にする。こうしたときにこの両者を結びつけるにはどこかに「雑然とした論理(論理が雑然としているわけではない事に注意)」がブリッジとして存在することが重要である。私は比ヤング氏の行為を「橋かけ」であると見ている。「雑然とした感情」の場に「理路整然とした論理」へのブリッジを作成し、「雑然とした感情」側にいる、わずかな「論理的であろうとできる」人間に対して「理路整然とした論理」側との「行き来」をすることを求めているのではないか。私はいわゆる「比ヤング氏問題」をこのように考える。
 ここの部分の詳細。
 まず、普段我々が用いる「理路整然とした論理」の反対に「雑然とした感情」(アニオタウヨを想像していただけるといいかと)が存在する。ここで重要なことはこの2者はそれぞれに「安定した論理」であるということだ。前者は「論理的であるという前提」の元に大変安定しているし、後者は「感情的であるという前提(これは「感情的であるという了解」ではなく「NTTは悪である」とか「マイクロソフトはクソ」とか「ブサヨク」とか、そうした感情的なレッテル張りが前提とされているということである)」の元に非常に安定している。つまり、一度このどちらかに肩入れしてしまえば、その離反は決定的になるのである。(我々が「雑然とした感情」に対して侮蔑するのと同様に「雑然とした感情」論者は「理路整然とした論理」論者を、その「雑然とした感情」において否定する。ということは先に書いた)
 しかし、我々は「安定した」「雑然とした感情」の論者に対して、なんとか「理路整然とした論理」を伝えなければならない。そう考えたときに、「理路整然とした論理」で「理路整然とした論理」を語ったところで、それは平行線のままである。ならばどうすればいいかというと、その安定を不安定にしてしまえばいい、ここでこの両者のどちらでもない「雑然とした論理」を用いるのである。
 これは大儀的にいえば「おおざっぱな論理」であり、ある程度の決め打ちなど、論理的に弱いことろがあるにせよ、論理的記述に対し感情的な嫌悪感を示す層に興味を持たせるには大変有効な手段である。
 で、俺は「比ヤングさんはこれがやりたいんだろうなぁ」と思うわけだ。
 ここまでが前回書いた分の詳細。

 さて、ここからはもうちょっと深く今回の問題を具体的に掘り下げてみる。

 今回の問題の特殊性は、大筋としては比ヤング氏がやろうと思っていることが上記のような事であるのにもかかわらず、そこに短絡的に結びつけられる「荒らし」というレッテルである。
 共有体であるインターネットにおいて「掲示板での自由とは掲示板選択の自由である」と私は考えている。故に「人はそれぞれに自分の趣味思考にあった掲示板を選択する権利」を持つ。ここから「趣味思考にあった掲示板にいる人達に対して、それを否定するような言動を行うことは悪である」という「荒らし」像が生まれてくる。
 しかしそれはあくまでも掲示板で扱われている項目が「個人的な話」の場合であって、扱う項目が「社会」である以上、趣味思考と違う人達と交流することは絶対に必要なのである。だから、社会的なものを扱っている掲示板に限っては、決して「よそ(の思想)の掲示板」に乗り込んで行くことを「悪」とは言えないと考える。
 ただし、そうとはいっても、やはり掲示板の「空気」すなわち「馴れ合い」というのは非常に心地の良いものであって、その心地よさを奪ったものに対する敵対感はよっぽどそうした感情を注意深く分離させない限り、どうしても残ってしまう、それが結果「荒らし」への嫌悪感となる。
 今回の件を見るに、そうした馴れ合いと論議が明確に分離されているとは全く言えない。
 しかし、それは確かに論者のレベルの低さに起因するものではあるが、そうした状態になることはあらかじめ想像できたはずで、それについての細やかな心配りが比ヤング氏には欠けていたと言わざるをえない。
 私は掲示板で比ヤング氏に対して
 ただ、少し意見させていただくとすれば、私だったらそうした「捨て身の(自分が絶対勝てない……というか、必ず自分「だけ」がダメージだけを受けるような)」勝負をするときには、絶対に「東天王ヨブ」のハンドルは使いません。匿名性を生かして、別のハンドルかつ別の文体でやります。ある程度のところでそのハンドルを完全に捨て去り、中傷をスルーすることによって、ダメージの軽減を謀ります。
 この辺、比ヤングさんは生真面目過ぎるように思います。実際に相当なダメージを受けていらっしゃるようですし。
 と書いたけど、これには当人のダメージの事のみならず、比ヤング氏周辺に対する配慮の必要性も含まれている。
 どういうことかといえば、そうした「異質感」を注目の道具にした戦略は、その戦略をとった人間(今回の例で言うと比ヤングさんな)に対して安易な感情による「嫌悪感」を催すわけで、それはその戦略をとった人間の所属する組織(もちろんネットにおいてそんな概念は時代遅れなのだが、現実にそうした概念は極めて力強く残っている)に対する嫌悪感に直接的に繋がってしまう。そうなれば当然、自分が普段生息している場所に対する迷惑をかけることになる。
 他にも、戦略的として自分の論理にうまく誘導できるとか、もし失敗しても容易に手放すことができるなど、匿名性を利用して別ハンドルを名乗ることにはさまざまな利点がある。で、こうした利点を捨てて比ヤング氏が実ハンドルにこだわったのには、彼自身の「生真面目さ」があると考えている。しかしその生真面目さが周囲に対する配慮の欠落として現れてしまったことは非常に残念に思う。
 さらに、この手法(「雑然とした論理をもって混乱させる」)はそれほど長く続けるべき手法ではない。
 混乱は安定した場所に起るから「混乱」なのであって、混乱が安定をくつがえしてしまえば、それは単なる「荒れ」の状態に移行するだけになってしまう。はっきりいえばこの手法は「反則スレスレ」なのだから、必要以上に長く行わないことが肝要である。

 だがしかしだ。
 比ヤング氏のこうした「戦略的ミス」があったとしても、今回の件での周辺の反応はあまりに過剰過ぎる。はっきりいってしまえば非常に「きな臭い」。
 木村太郎的にいえば「中東での経験が私を疑り深くさせているのです」
(と、非常に唐突にギャグで〆て筆を置く。キーボードだけどな。つか、ここから先は何を書いても陰謀論にしかならないので)

・8月30日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ○
就寝前 ×


[#010830]
01/08/30

「比ヤング氏問題」という大問題?

・完全失業率5%突破に続き、日経平均株価11,000円割れ。10,000円割れのX-Dayはいつ?
 構造改革も景気対策もセーフティネット構築もなんにも行われないうちに、ただ「痛み」だけが襲いかかる日本。

これはちょっとやりすぎなのでは?

・これはちょっと面白いコメントだな(藁の方の意味で)
萎枯向日葵マニアクスより
■NTT東西、ADSLを700円値下げ
●たった¥700ばかりで「値下げ」と言えるかってんだ。
 アンチNTTもここまで来るとただのバカ。値下げ率20%弱の結構な値下げなんですがね。(ちなみに7月時の4100円から比べると、おおよそ25%引き)
 こういう人達にとっては家電量販系のポイントカードなんかは割引のうちに入んないんだろうなぁ。ソフマップカードなんて、クズ同然だね。もちろんそんなものは使ってないよね?ね?

 ところでADSLと言えば、そろそろプロバイダ変えようかと考えてます。
 で、数ヶ月前だったら多分So-netにしてたんだろうけど、So-netが独立系ADSLの営業を始めるとか。こうなるとバックボーンが混み混みになるのは(貧乏で暇な厨房が群がることが)目に見えているので、So-netはやめることにします。
 つーか、これだけ安価な独立系ADSLが増えてくると、むしろフレッツADSLを使っていることがアドバンテージになってるような感じなので、独立系ADSLを扱っていない、よい感じのフレッツ対応プロバイダを探そうかと思います。

Weekly 野菜畑 より
 誰にも明かさなかったが、ネットから撤退しようと本気で考えた機会が今月は三度もあった。一つ目は「比ヤング氏問題」である。比ヤング氏はご承知の通り、現在、議論系・時事系掲示板のあちこちで「暴れている」状態にある。彼の行動が過激化したのが今年中旬の日記サイト新設と軌を一にしている点も、多くの人が認めるところだろう。

 その日記サイト設置を彼に強く勧めたのは、他ならぬ私である。この数ヶ月間、比ヤングさんの行動をネットのあちこちで垣間見るたび、彼に日記を公開するよう勧めた自らの行いについて、強く後悔する日々が続いていた。彼がこの先どのような道を選択するかは知る由もないが、とにかく彼に暴発するきっかけを与えてしまった責任は、自分にある。そこで、ネット上で自分の責任を全うするにはどのような形があり得るのか、いろいろと考えてみた。

 その逡巡の中で、「サイトの閉鎖」という考えが一つ浮かんできた。しかし、いくら自分の管理するサイトを閉鎖したところで、同一性を保持するハンドルを他サイトで使用していては、何の責任も果たしたことにはならないだろう。単に自分の活動する場が一つなくなったに過ぎないのだから。そのジレンマに押し潰されるかたちで、時は流れた。この時、まだネットからの完全撤退は考慮の対象外だった。そして比ヤング氏は依然として休むことなく各所で暴れている。

 私のネットからの撤退は、態度を改めない比ヤング氏への抗議と受け取ってもらっても構わない。
 さて、私はこの記述に対して、いくつか苦言を呈しておく。
 まずは「比ヤング氏問題」という安直な定義付けである。この定義付けをしてしまった時点で、全ての比ヤング氏の「引用やリンクを中心とした短期間での多くの書き込み」という行為がすべて「比ヤング氏問題」というレッテルに帰結してしまう。
 その行為が「荒らし的か否か」というのはあくまでも、それぞれの掲示板の中での文脈によって各々各自が見定めるべき事項であって、決して「比ヤング氏問題」などという大きなレッテルの中に全ての事項を帰結させられるものではない。
 あと、ネット引退の理由付けとしてわざわざ比ヤング氏を持ってくる(しかも第1項に挙げて)のも問題がある。
 確かに「χ氏は責任を感じているんだな」と思えるが、しかし、あくまでも比ヤング氏の行為はすべて「比ヤング氏の責任において」行われているものであり、χ氏がそれを「ネット引退」の理由にまでするのは、少々自意識過剰過ぎはしないか。また、その自意識過剰が故に「比ヤング氏のせいでネットを去らなければならなくなった」などという屁理屈を産み出してしまっている。この屁理屈は比ヤング氏が立ち回っている掲示板に張りつけられれば、途端に「比ヤング=χ氏をネットから追い出した悪者」のように利用され、偏狭な連中による「排除の論理」を扶助するだけの物になる。
 別に誰がどんな理由でネット引退しようが、それは各自の自由である。しかし、立つ鳥後を濁さず。今回のようにクソばらまいて出て行くような行為はしてはならないと考える。

 さて、χ氏への苦言はここまでにして、もう少し「比ヤング氏問題的なもの」の実体を考えてみる。
 そもそも俺は「比ヤング氏問題」などと言われても全くピンとこない。「比ヤングさん、飛ばしてるなー」とは思うものの、そんなのは不特定多数が自由に書き込める掲示板コミュニティにおいてはいくらでも起こりうる話(事故ではなくて、ある1人や1つの事項を中心とした騒乱状態)であって、決してわざわざ「問題」と括るようなものではない。
 ただ「問題」と捕らえられかねないという感覚については非常によく分かる。それは比ヤング氏のとっている行動が読者氏の言っているような「整理された」ものではないからだ。
 確かに整理された論理による議論は我々に安定感を与える事ができる。しかし、私はそうした「整理された安定感のある論理」というものの「有効性」をにわかに信じることはできない。
 たとえば小林よしのりのような公私混同はなはだしい戦争理解や、靖国絡みの安直な朝日新聞批判など、そうした「雑な論理」があっさりと棄却されているかといえば、そうしたヨタ話を信じてしまう層も多いのである(そしてこうした層は「整理された安定感のある論理」を読まない!)。これを踏まえるに、論理的安定感というものをあくまでも「論理的に考える人が得ることができる安定感でしかない」と捕らえ、むしろ「注目されることこそが、まず重要だ」と考えても決しておかしくはないのである。
(ここからちょっと大急ぎで)
 もうちょっと理路整然とした話をするならば、片方の普段我々が用いる「理路整然とした論理」の反対に「雑然とした感情」(アニオタウヨを想像していただけるといいかと)が存在する。この2つは現代日本においては全く離反してしまっている。「理路整然とした論理」側は自ずと「雑然とした感情」を高みから見下ろすし、「雑然とした感情」側は「理路整然とした論理」に対して反抗感を露にする。こうしたときにこの両者を結びつけるにはどこかに「雑然とした論理(論理が雑然としているわけではない事に注意)」がブリッジとして存在することが重要である。私は比ヤング氏の行為を「橋かけ」であると見ている。「雑然とした感情」の場に「理路整然とした論理」へのブリッジを作成し、「雑然とした感情」側にいる、わずかな「論理的であろうとできる」人間に対して「理路整然とした論理」側との「行き来」をすることを求めているのではないか。私はいわゆる「比ヤング氏問題」をこのように考える。

 と言うのが大まかな論理です。細かい部分に関してはいったん寝てから、もう一回考えてみます。
 この日記は作成途中みたいなもんですが、緊急的にひとまずUPしました。

・8月29日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ○
就寝前 ×


[#010829]
01/08/29

酔いどれ日記(藁)

・26日の日記で
やはり「ファンダム」以降のアニメファンというのが「作品の批評をしないアニメファン」であることが要なんではないかと考えています。
 と書いたけど「以降」じゃファンダム世代も含んでしまうよなぁ。これは「ファンダムより後」に訂正します。(冬眠日記にリンクされてるんで、余計に恥ずかしい間違いだな)
 以降というなら「ガンダム以降」かな。作品全体を知らなくても「坊やだからさ」とか「俺を踏み台にしたぁ」とか「この壷はいいものだー」とか、そうしたパーツパーツで遊べるようになった(=文脈の喪失)のは、やはりガンダムからのように思う。

・久しぶりにSPA!を立ち読みする。
 なぜなら表紙に「教科書検定に対する素朴な疑問」なんて文字があったから。
「素朴な疑問」ですよ。
 あの、教科書つくるだけじゃ飽き足らずに、唐突に一般販売を始めてみたり、検定委員にばら撒いたりした腐桑社の、宅八郎との喧嘩の中で「なんでここまで」というほど、編集長をやめさせてまで守ったよしりんに結局捨てられたSPA!という雑誌が「素朴な疑問」などと言いたれてるんですよ。そりゃ読むしかないでしょう。
 で、読んださ。
 中身は教科書検定の閉鎖的な実体に対する批判がほとんど。ただその文章の所々や写真へのキャプションは「反対派は非常識」的な想像をさせるものになっており、その辺はさすが腐桑社。
 つーか、これよりもコータリンの連載のほうがすごかった。
 内容は例の幼女連れ去り事件なのだが、オタクだった容疑者の家を訪れ、ゲームのCDやらゲーム機やらコーラの空き缶を見て、それをなんと「生活感がない」と言い放つのだ。
「ゲームのCD」「ゲーム機」「ジャンクフード」のオタク3点セットを見て「生活感がない」とはこれいかに?どーみたって生活感のカタマリじゃないか。多分エロ同人などもあったのだろうから、それはどう考えても「オタクが住んでいた家」以外の何者でもないじゃないか。それをコータリンは「生活感がない」と言い放つのだ。そりゃ観察眼とかそういうもの以前の問題だ。明らかに「自分達(コータリンは貧乏慶応ボーイだったか?)以外」を知らなすぎるし、そうした「事」に対して不感症過ぎる。
 そりゃ、普通の人はオタクの部屋なんかは拒否しとけばいいが、コータリンはコラムニストである。コラムニストがそういうところから「生活」を汲み取らないでどーする。それじゃ単なる思考停止じゃないか。
 ああ、まぁいいや。あの雑誌全体がまるで80年代みたいだったな。
 最後に、週刊宝島のホモかっちゃん連載について一言。
 滋養^h^h^h^h「志」ってどこにあるんですかっ!!靖国神社で売ってますかっ!!

・8月26日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ×
就寝前 ×

・8月27日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ○
就寝前 ×

・8月28日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ×
就寝前 ×


[#010826]
01/08/26

青い制服が僕を責める?

・SMAPの稲垣氏が逮捕された問題で、それ自身はどーでもいいんですが、彼がどうやら代用監獄に突っ込まれているらしいです。
Der Angriffカウンター板より
■[No.6025] 時事メイン No.12105よりby とくめーさん 2001年08月26日 (日) 11時53分09秒【この記事にレス】

この事件を機会に、再び代用監獄の問題点を世に
訴えたいと私は思います

冤罪の温床とも言われ、警察の都合のみを優先し
人権を侵害する制度はひどすぎます
悪評高い代監に入れられたのか、、、

 逮捕後、翌25日の午前2時すぎまで事情聴取を受けた稲垣容疑者は、反省して素直に調べに応じ、「申し訳なかった。車の前を通るファンに気づかれ、マズイと思ってあわてた」と供述しているという。

 渋谷署の留置場で、複数の容疑者と相部屋で一夜を過ごした。同署幹部によると、朝食はパンだという。2日間の拘置後、他の容疑者と一緒に相乗りの護送バスで送検される。
http://www.zakzak.co.jp/top/2t2001082501.html

渋谷署は送検の際に、傷害容疑も加えるもよう。このため2日以内に身柄を送検され、その後に最低10日間拘置される可能性が高い。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20010825-00000001-spn-ent
◆代用監獄(95年2月15日)

 監獄法は、警察署の留置場を監獄に代用することを認めており、これを代用監獄という。捜査段階では、被疑者は法務省が管理する拘置所へ収容するのが原則だが、その拘置所が不足しているため、留置場に被疑者を拘置することが多い。

 拘置所は地域の反対を受けやすく、増設が難しいことなどから、法務省と警察庁は、一九〇八年制定の監獄法を改正するための拘禁二法案でも、処遇の改善を盛り込む一方で、代用監獄の存続を打ち出している。

 これに対し、日弁連は「被疑者を捜査機関の手元に置く代用監獄は冤罪(えんざい)の温床になる」と批判しており、各国の法律家団体が加盟する国際法曹協会(IBA)も「被疑者の取り扱いが不当で、設備も国際基準に達していない」と、廃止を求めている。(夏)
http://www.yomiuri.co.jp/minijiten/31950215.htm

そこで.これは被疑者の全生活を捜査機関の支配下に置くもので,自白の強要や被疑者の権利行使の妨害に結び付くとして,その制度の廃止を求める声も強い。
 特に,最近の監獄法改正作業を契機として,その点が激しい論争の的となったが,財政上・用地確保上の困難や捜査の効率・被勾留者と関係者の接見の便等実際的な考慮から存置論も根強く,1980(昭和55)年11月に法制審議会が示した「監獄法改正の骨子となる要綱」でも,その存続が認められた(ただし,制度上・運用上の改善,及び,「本来の刑事施設の増設及び収容能カの増強に努めて,被勾留者を刑事留置場に収容する例を漸次少なくすること」が勧告された)。
 そして,これに基づき法務省が立案した「刑事施設法案」,及びこれに対応して警察庁が立案した「留置施設法案」においても,その存続が図られている(これに対しては弁護士会を中心に強い反対がある)。

http://cc.matsuyama-u.ac.jp/‾tamura/daiyookangoku.html

「代用監獄Q&A」
http://www.toben.or.jp/daikan/

「拘禁二法案の再提出にどう立ち向かうか」
http://www.jca.apc.org/cpr/nl24/kokin.html

「メルマガ巻頭言」10か月の拘置体験
http://www.jinkennews.com/column2.htm
 これを機に代用監獄における容疑者の極めて非人権的扱いの問題が世間一般に知られるように……ならないだろうなぁ。
 朝日新聞はCM降ろしてシカトの方針。

・今ちょっと「なぜアニオタにはウヨが多いのか」ということを考えているんだけど、やはり「ファンダム」以降(29日に「以降」を「より後」に訂正)のアニメファンというのが「作品の批評をしないアニメファン」であることが要なんではないかと考えています。
 するてと彼らの「批判の無さ」というのはなんなんでしょうかね?

・8月24日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ×
就寝前 ×

・8月25日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ×
朝   ○
就寝前 ×


[#010824]
01/08/24

手抜き

素敵なランディさんが腐人公論文芸賞を受賞。
 パクろうがつまらなかろうが、賞をとってしまえば、この世は「勝ち」ですか?
 で、今度は誰をくわえ込んだの?渡辺淳一?(藁)

電波怖い。な人達
 電波が私を攻撃してくる。電波が私を攻撃してくる。電波が私を攻撃してくる。電波が私を攻撃してくる。電波が私を攻撃してくる。電波が私を攻撃してくる。電波が私を攻撃してくる。電波が私を攻撃してくる。電波が・・・
電磁波と電波の違いって何だ?

青色LED開発の中村教授、日亜化学を提訴
ティアリングサーガの件もそうだけど「会社と人の関係がいかにあるべきか?」ということが、日本でもようやく問われるようになるのでしょうか?

・今日もこれだけ。手抜きです。

・8月23日の歯磨き記録
起床後 ○
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ×
就寝前 ×


[#010823]
01/08/23

新パックの詳細が明らかに

スカパーの新しいパック構成が公開されてました。
 祝、国会TVコア入り。あと、ニュース系が全部コアなのも嬉しい。
 ところで自分の場合はコアのほうはモロにヒットなんだけど、ティアの選択が難しすぎるな。スターデジオの入ってるティアを選択して、個別にヒストリーとモンドを契約するのがいいのかな?エコミュージックもホームチャンネルも面白そうだからね。
 んで、その他の「パック」はどうなるんでしょうね。後はそれ次第ですから。(ただ、月2,000円程度のユーザーに配慮というのは、パック変更の意図(収益の安定)を考えればあり得ないのではないかと)

・週刊新潮の朝日新聞叩き記事、おもしれー(笑)
 靖国問題の批判ならそれだけにしておけばいいのに、朝日という仮想敵(「どこの国の新聞なのか」(笑))を叩けばよしとする安易な思想は非常に笑えますな。他の国から見たら、日本のこの政治的だらしなさは信じられないだろうな。

A級戦犯の孫に生まれて

・今日はこんなもんで。

・8月21日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ×
朝   ×
就寝前 ×

・8月22日の歯磨き記録
起床後 ○
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ×
就寝前 ×


[#010821]
01/08/21

靖国問題 その2

比ヤングさんの日記より
▽新国粋主義とシニシズム

小林の主張は矛盾だらけで、メチャクチャであることを十分彼らは認識している。にもかかわらず小林を支持する。
日本茶研究
 俺なんかはつい「連中は本当はウヨクなのに、それを言うのが恥ずかしいし自信が無いから、わざわざシニシズム的なものを演出して「右でも左でもない、まん中(中核派(笑))」を気取ろうとする、クソマヌケだ」と、考えてしまうから、純粋に彼らを「周縁である」と捕らえたこの文章はとても新鮮だった。
 で、俺が考える国益としての「戦争(論ではなく)」批判としては、
「戦争というのは個々の能力以前に、人的、物的の多少で勝敗が決するものであり、国土が狭い国であればあるほど不利である。よって、国土の狭い日本は戦争ではなく、外交によって、他国に対する優位を保つべく努力すべきである」
 といったところでしょうか。
 まぁ、それはそうとして、自分の認識が足りないがためにヨシリン信者になった連中に、格好の付く逃げ道を用意してあげるというのは、確かに必要なことだろうね。「家に帰ってきたら殴ってやる」ではプチ家出娘も家には戻りませんし。

・さて、靖国問題の続き。
 先日の日記で
実は「愛国心」という「政治的な問題」を持ち出してごちゃまぜにしているのは右傾の側である。
 と、書いたが「さて、どこから実例を持ってこようか?」と悩んでいた。
 そんなこんなで今日、週間宝島を読んでいたところ、ありましたよ。先日のと多少話は違うが、確かにその通りな実例が。ありがとうホモかっちゃん
 ということで、勝谷氏の連載「書いてはいけない 黙々と並ぶ普通の人々の存在を中韓は「右翼勢力」というのか」より一部抜粋。
 軽薄なメディアは小泉効果だなどと囃すだろう。私は違うと思う。これはデモだ。祖国の人柱の祀り方という根源的な部分を踏みつけにする中韓への人々の無言の抗議なのだ。例によって、反対派は声高にわめき、メディアはそこに群がっていた。しかし、私は黙々と汗を流しながら並ぶ人々のほうに、はるかに強烈な意思を感じたのである。
 勝谷氏は「黙々と並ぶ普通の人々の存在を中韓は「右翼勢力」というのか」などと、こうした人々を「右翼」として誹る中韓に反論するようなサブタイトルをつけておきながら、その本文中で「これはデモだ」と靖国に参拝した人を「ある政治的意図を持った勢力」だと自分に都合よく評しているのだ。これこそ「黙々と並ぶ普通の人々の存在を勝谷氏は「右翼勢力」というのか」と糾すべき発言だろう。実にマヌケだ。
 そもそも「靖国参拝問題」とは、小泉という日本の公的な最高権力者の参拝についての諸問題の事であって、決して「日本に靖国というA級戦犯を奉る神社があるという問題」ではないし、ましてや「一般の日本人が靖国神社に参拝する問題」でもない。
 勝谷氏は「祖国の人柱の祀り方という根源的な部分を踏みつけにする中韓」などというが、一体どこの中韓のメディアが「一般の日本人が靖国に参拝するということは、日本が戦争に対する反省をしていないということだ」などと書いているのか。俺は少なくとも「小泉首相の参拝に対する抗議」しか見たことがない。
 もちろん、中韓にだって産経新聞や北國新聞程度のレベルの低い右翼マスコミはあるだろうから、その程度のことは書かれていてもおかしくはないが、まさかそれが中韓人民の総意ではないだろう。

 ここでちょっと視点を変えて「黙々と並ぶ普通の人々」の事を考えてみる。
 勝谷氏は「これはデモだ」「中韓への人々の無言の抗議なのだ」と嘯くが本当にそうなのか。
 もちろん、そうした政治的意図を持った集団もいるだろうし、現実に身内が靖国に奉られているという人もいるだろうし、戦争で死んだ人達に対して真摯に祈りたいという人もいるだろう。しかし大半は特に何も考えてないのではないのだろうか。
 たとえば、我々はなんでか初詣に行くけれども、それは何らかの意思を持っていくものだろうか?否、大半の人は「毎年恒例だから」とか「お祭り気分で」行くのであり、参拝に対して決して「強烈な意思」など持っているわけではない。
 私はこうしたお気楽な参拝の姿勢を一切非難しない。一般の人がどのような姿勢で、どのような意味合いで靖国に参拝しようと、それはどうでもいいことである。中韓もこの点に対して抗議などしていない。「祖国の人柱の祀り方という根源的な部分を踏みつけに」などしていないのである。
 ただし小泉だけは別で、彼は「首相」である。首相の言動は、職務中であろうがプライベートであろうが、常に何らかの影響を周囲に与える。この点「公」も「私」もない。首相というのは「公」でしかあり得ないのだ。
 そういえば前の「神の国」首相が就任した当時、やたらと「滅私奉公」を連呼していた気がするが、まさしく首相という仕事は滅私奉公を要求されるのであり、国としての明確な主張が存在しない限り、わざわざ問題の起るような行動をしないというのが首相としての節度である。
 ところが今回は「そのあたり」をあいまいにしたまま、小泉は靖国参拝を騙し打ち的に強行した。「そのあたり」というのは、他国の理解を得たか得ないかとか、そういう話ではなく「日本が戦争責任をどのように捕らえるのか」という部分のことである。
 靖国参拝をするならば、その前に「サンフランシスコ講和条約」を破棄し、改めて日本の戦争責任を追及し、その結果として自らを罰した上で行わなければならないし、「サンフランシスコ講和条約」を破棄しないというならば、靖国参拝はイコール「A級戦犯信奉」なのだから、首相による靖国参拝はこれを行ってはならない。(もちろん一般市民が何を信奉しようと自由であることは、言うまでもない)
 そうした筋道を日本の首相として明確にしないからこそ「首相の靖国参拝」は批判されるのであり、それは決して「純粋な参拝」に対する批判ではないのだ。多くの右傾論者は意図的に(ひょっとしたら、それにすら気づいていない大馬鹿なのかも)この2つを混同させる卑怯者なのだ。

 私は勝谷氏を「レベルの高い右傾論者」であると考えている。しかし、今回の記事はあまりにも程度の低い、問題の関係性すらまともに捕らえてない感情的な代物である。勝谷氏のような人がこの体たらくなのだから、ウヨ厨は何をか言わんやである。


 最後に重要と思える資料をリンクしておく。

サンフランシスコ講和条約

憲法制定過程の逸話と憲法まめ知識 より
「・・・『東京裁判』の描いた戦争の姿はまさに法的真実であって、戦後の日本はそれを政治的正義の立場から受け入れたのであった。世界の平和とより大きな秩序のために、より小さな真実の細部は不問付すことを認めたのである。たしかにあの裁判は法理的に不備のある裁判だったし、その進め方にも問題は多かったが、日本はそのことを含めて政治的に受け入れた。サンフランシスコ講和条約の条文のなかに、日本は『東京裁判』の判決を否定しないという制約を明記した。それを前提にして日本は新しい国内体制をつくり、旧敵国とさまざまな条約を結び、結果として平和で豊かな社会を楽しむことができた。思えば、戦争直後に獲得した天皇制の維持、占領軍による直接統治の回避、軍票の氾濫を防いだ日本通貨の維持などを手始めに、戦後日本の独立と回復は、いわばあの裁判での和解、ないしは司法取引の成果だったと見ることができるのである。・・・」
 「歴史の真実と政治の正義」山崎正和・著より
 以上。

・8月19日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ×
就寝前 ×

・8月20日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ×
朝   ○
就寝前 ×


[#010819]
01/08/19

靖国問題 その1

・ADSLにしたよ。
 いやぁ、これでエロ動画落とし放題ですよ(笑)
 ちなみに、標準的なサイトではほとんど体感速度の変化無し。エロ画像のサムネイルなんかの表示は実に速い。つか、今のところエロしか利益がないんですが……。

エロマンガ島は沈んでいないらしい。
 我々の希望が繋がった!!

警告【 最悪の事態になりつつある日本経済 】
 相当に衝撃的なレポートらしいが、非公開なのが残念。

・フジテレビのFNNスーパーニュース。
 鎌倉の「花火大会」で活躍する警察官に密着。喧嘩をしたり暴れたりする「茶髪の若者」を特集してました。
 いやぁ、俺が8/3の日記で言った通りの事をやってますな(藁)

・先日、日刊ナナメ読み新聞21の例をあげて「低レベルな靖国問題理解」ということを言ったが、これは決して一部の人間の誤解ではなく、多くの国民がこのような誤解をしたまま、靖国問題を考えてしまっている。
 特に問題なのが、情緒的な問題として「仏様に頭を下げるのがなぜ悪い」という、あまりに素朴な感情であろう。素朴であるがゆえに政治的に高度な問題であることに気づかず、政治的部分と情緒的部分という区分けを行うことすら「罰当たりである」と感じてしまう。まぁ、いわゆる一種の「聖域」になってしまっている。
 ということで、今日は靖国問題に対して旧来の「A級戦犯」や「対外問題」といった、罰当たり的な政治的な部分だけを抜き出した靖国参拝批判ではなく、情緒的問題としての靖国問題批判をやってみようと思う。


 情緒的問題としての靖国批判において、何が重要かといえば、それは現状においては「靖国参拝=戦争で散った全ての英霊(個人的には「死んだ人」と書きたいが、ここではひとまずこうしておく)への感謝」という等式が成り立っている事である。チキン小泉の靖国参拝もこれを理由として強行されている。
 しかし私は「靖国神社に参拝をする」という行為がこれを達成するとはとても思えない。
 なぜなら、靖国という「場所」への参拝は「靖国に奉られた霊」への感謝を示せても「靖国に奉られていない霊」への感謝は示せない。さらには、いやいや戦争に赴かざるをえなかった、靖国という場所に入りたくない霊も存在したはずで、そうした霊にとっては「靖国という場」で自分への感謝をされること自体が苦痛でしかないだろう。
 こうした霊を一緒くたに「靖国の英霊」ということにしてしまうのは、感謝を示すどころか、死者に対する冒涜であると感じる。
 はっきりいってしまえば「先人への感謝」をするなら、場所がどこであるかなど関係ない。粛々と感謝をすればいいだけの話である。
 そもそも「参拝」が重要なのは、あくまでも「儀式の一部として」重要なのであって、その「儀式」というのは気持ちを高めるための儀礼に過ぎないのだから、当人の気持ちがいい具合に高まるならば、儀礼とは決して「ある型」にあてはまるものではない。ネット上で戦争に関する資料を見ながら感謝したって構わないのである。だいたい「靖国に行かなきゃ感謝を示したことにならない」というなら、物理的に遠いところに住んでいて、靖国に参拝することが難しい人達は「先人に感謝していない」ということになってしまう。それではあまりに乱暴過ぎはしないか?

 これらのことから、靖国参拝では「戦争で散った人達に対しての慰霊」にはならないと私は考える。ただ粛々と感謝さえすればいいのである。


 さて話は変わって、本来は情緒的問題でしかない「靖国参拝」を、まるで政治的な問題であるかのように扱っているのは誰なのか?
 善良な一般市民、特にネット上のJack&Gill(Gillの割合は相当に少ないだろうけど)は「サヨが靖国問題を政治的にしている」と勘違いしているが、実は「愛国心」という「政治的な問題」を持ち出してごちゃまぜにしているのは右傾の側である。
「愛国心」を「政治的な問題」といったが、ここが重要なところで、愛国心は決して純朴的な感情ではなく、とてつもなく複雑な政治的な問題なのである。実際、どのような尺度で愛国心を捕らえるか、すなわち、国としての純粋さを重視すれば国粋主義的になるし、他国との連携を考えればグローバルスタンダードなどという主張に繋がってくる。そういうところで各自の主義主張の方向性が生まれてくるのであるから、愛国心は政治的な問題の根本なのである。と、考えれば「靖国参拝」の賛否で愛国心の一本化を図ろうとする右傾論者の企みこそが、社会的問題と情緒的問題がごちゃまぜになってしまった原因なのだ。
 分かりやすく言えば「靖国参拝に反対する人間は、先人に感謝をしない、非国民」という、三者別個の事項を一本化してしまっていると言うことだ。

 疲れたんで、続きは明日でいい?

・8月17日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ×
就寝前 ×

・8月18日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ×
就寝前 ×


[#010817]
01/08/17

夏房が多いなぁ

チャンバラクロックが移転しました。

・善良な一般市民の非常に低レベルな「靖国問題」理解の一例。
 日刊ナナメ読み新聞21より
[政治]小泉首相が千鳥が淵で献花

小泉首相は15日午前、第二次世界大戦中に海外で戦死した身元不明者らの遺骨約34万8000柱が納められている東京・千鳥ヶ淵戦没者墓苑で献花。靖国に関してはストーカー規正法が適応されるんじゃないかってくらいに執拗に報道する各種メディアの方々なんですけれども、小泉さんが千鳥ヶ淵に行かれたというこのニュースについてはこの「Yomiuri On-Line」の記事ですらわずか250文字ちょいであり、まして今日になっても靖国靖国と騒ぎ立てている割に、今日正午現在で千鳥ヶ淵の記事が未だに全く掲載されていないasahi.comの一貫した左曲がりのダンディーっぷりはさすがだなぁと思った次第。大体において、最近日本が右傾化していると言うけれども人間としてごく普通程度の愛国心があるのは当たり前であり、逆に戦後の日本が「愛国」ということ自体が悪いことであるかのように植え付けられてきたことに対する揺り戻しなんじゃないかと思うんですけれども、かといってこの日の靖国神社のようにあちこちで暴徒集団と化している一部のウヨなオッサン方は巷の暴走族(最近では珍走団と呼ぶのがオッシャレー(←死語))な方々とやってることは全く同じだと思う訳であり、首相が献花してる間に自分たちは喧嘩というダジャレとしてもベタベタなオヤジテイスト満載ですななどということは「苦しい時はオヤジギャグで逃げろ」が信条であるところの筆者にだけは言われたくないですか?っていうかどっちにしてもイイ大人なんだから右だの左だの極端にならないでバランスとりなさい、って感じであり、これぞ正に「右を向いても左を見ても、真っ暗闇じゃござんせんか」って感じですか?
 まず、「靖国」と「右傾化」と「愛国心」の3者が実はそれほど関係ないという事実に気づいていないのが低レベル。完全にウヨのヘリクツに頭をやられちゃってる証拠。「護憲」や「護サンフランシスコ講和条約(ならびに東京裁判)」がなんで「愛国心がない」ということになるんだ?
 あと「右と左」といっても別にそれは文字面だけの「右と左」であって、その間にバランスのよい「まん中」などは存在しない。つか、「右と左」という言葉は互いの相対関係を現すために使われている。「自分は左翼よりは右寄りなのでバランスがいい」などというのは単なる奇弁である。
 文字面だけで言っていいなら「右」と「左」のまん中は多分「中核派」だな。「自分はバランスがいい」と思っているマヌケは、これから中核派を名乗るように。(笑)

asahi.comより
「差別的に扱われた」新しい歴史教科書をつくる会が会見

 「新しい歴史教科書をつくる会」は16日、教科書採択の結果について記者会見し、「正常な判断に基づく理性的な採択の表れとは考えることができない」などとし、「文部科学省に再審議を求める」とした声明を出した。声明は「(各教委、自治体が)外国の脅迫、一部マスコミの偏向キャンペーン、組織的な電話ファクス攻勢におびえ、トラブルにまきこまれたくないという動機で、扶桑社版を差別的に扱った」などとした。

 会見で西尾幹二会長は「きん差の善戦を繰り返したが、争いを持ち込みたくないという憂慮が優先した」とした。小泉首相が靖国神社参拝の日程を変えた点にも触れ、「この国の国民は1ページをどうしてもめくることができない。首に縄をつけて教育委員を水辺に連れて行ったけれど、水を飲まない」などと話した。

 今後の活動について高森明勅事務局長は「リベンジいたします。4年後に大きな勝利を得る。組織的な採択妨害が未経験のことで、各行政を恐怖の渦に巻き込んだ。だが、2度目は通用しない」「公民、歴史合わせて市販本は70万部を超える売れ行きを示し、確かな感触があります」などと話した。(21:27)
 かぁちゃんの尻の穴でも舐めてろよ。
(つくる会の主張がマヌケすぎて、こんな煽りしか思いつきません)

アスキーイベントで写真撮影を巡りトラブル?
 俺の考えとしては、写真を撮られた側の女性の「自分が何をしているのか?」という意識が無さ過ぎる(ひろゆきもなー)。
 まさにこの女性は自ら選んで「匿名の中から現実に出た」のであるし、さらには「2ch寄りのイベント」であることを考えれば、この場がプライベートであるとは言いがたい。よって、西っちの判断は正しいとするのが妥当だろう(「著名人であること」に関しては、西っちに一日の長がある)。

・8月16日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ×
朝   ×
就寝前 ○


[#010816]
01/08/16

まぁ、こんなところかな

あのコーヒーメーカーが……。
 ネットの歴史がまた一つ。

ACM、DVD解読に関連して「デジタルミレニアム著作権法の一部は違憲」との見解
 学術論文中の文字列を規制してまで、既得権益を主張することの愚かさは明白です。

・映画版サウスパーク無修正版をレンタルで借りてくる。
 無茶苦茶面白いです。TVシリーズも見たいな。

Yahoo Newsより
2001年8月15日(水) 21時3分
教委への“外圧”排除を検討=教科書採択制度、見直し着手−文科省(時事通信)

 学校で使用する教科書を決める採択をめぐり、各地の教育委員会周辺で組織的な運動や関係者への働き掛けが行われ、決定に影響を及ぼす事態になったとして、文部科学省は15日までに、公正な採択を保てるよう制度を見直す検討を始めた。各地の状況を調査し、問題点を整理した上で、“外圧”に左右されない制度を構築したい考えだ。
 小中学校で使う教科書を決める採択権限は国立と私立は学校長に、公立は学校を設置する市区町村や都道府県の教育委員会にある。公立では東京都区部のように単独で採用を決める方式と、周辺の市町村が一緒に教科書を選ぶ共同採択方式がある。共同採択では通常、教委の代表らでつくる協議会が教科書を選定、各教委が承認している。 

[時事通信社]
 さて、問題です。ここで言われている「外圧」という言葉の「外」とは一体誰を差しているのでしょうか?

Yahoo Newsより
2001年8月15日(水) 14時30分
<終戦記念日>石原都知事が靖国神社を参拝 2回目(毎日新聞)

 東京都の石原慎太郎知事は15日昼、靖国神社を参拝した。都知事就任後の終戦記念日の参拝は、昨年に続き2回目。

 知事は参拝後、報道陣から小泉首相の前倒し参拝について聞かれ「残念だね。足して二で割るような方法は姑息(こそく)で、失うものはあっても得るものはなかったと思うね。山崎幹事長が妙な知恵をつけたようだ。日本の外交はますますあなどられた」と語った。知事は「東京都知事 石原慎太郎」と記帳、玉ぐし料については「公選法違反になるから辞退した」と話した。

 昨年は、参拝前日までに数十件の賛否の声が都庁に寄せられたが、今年は首相の参拝問題が前面に出たためか、知事の参拝についての意見はほとんど寄せられなかった。

[毎日新聞8月15日] ( 2001-08-15-13:09 )
 目糞鼻糞を笑う。

・8月15日の歯磨き記録
起床後 ×
昼食後 ×
夕食後 ○
朝   ×
就寝前 ○


Homeへ戻る