1月(上旬)の日記


Homeへ戻る  日記内を検索できます。  深夜のシマネコBlog
 (↑上記Blogが現在のメインです。このアーカイブはBlogから数日〜数カ月後に更新されます)

2011年
N1111  N1110  N1105 
2010年
N1012  N1011  N1010  N1009  N1008  N1007  N1006  N1005  N1004  N1003  N1002  N1001 
2009年
N0912  N0911  N0910  N0909  N0908  N0907  N0906  N0905  N0904  N0903  N0902  N0901 
2008年
N0812  N0811  N0810  N0809  N0808  N0807  N0806  N0805  N0804  N0803  N0802  N0801 
2007年
N0712  N0711  N0710  N0709  N0708  N0707  N0706  N0705  N0704  N0703  N0702  N0701 
2006年
N0612  N0611  N0610  N0609  N0608  N0607  N0606  N0605  N0604  N0603  N0602  N0601 
2005年
N0512  N0511  N0510  N0509  N0508  N0507  N0506  N0505  N0504  N0503  N0502  N0501 
2004年
N0412  N0411  N0410  N0409  N0408  N0407  N0406  N0405  N0404  N0403  N0402  N0401 
2003年
N0312  N0311  N0310  N0309  N0308  N0307  N0306  N0305  N0304  N0303  N0302  N0301 
2002年
N0212  N0211  N0210  N0209_l N0209_f  N0208_l N0208_f  N0207_l N0207_f  N0206_l N0206_f  N0205_l N0205_f  N0204_l N0204_f  N0203_l N0203_f  N0202_l N0202_f  N0201_l N0201_f 
2001年
N0112_l N0112_f  N0111_l N0111_f  N0110_l N0110_f  N0109_l N0109_f  N0108_l N0108_f  N0107_l N0107_f  N0106_l N0106_f  N0105_l N0105_f  N0104_l N0104_f  N0103_l N0103_f  N0102_l N0102_f  N0101_l N0101_f 
2000年
N0012_l N0012_f  N0011_l N0011_f  N0010_l N0010_f  N0009_l N0009_f  N0008_l N0008_f  N0007_l N0007_f  N0006_l N0006_f  N0005_l N0005_f  N0004_l N0004_f  N0003_l N0003_f  N0002  N0001 
1999年
N9912  N9911  N9910  N9909  N9908  N9907  N9906  N9905  N9904  N9903  N9902  N9901 
1998年
N9812  N9811  N9810  N9809  N9808  N9807  N9806  N9805  N9804  それ以前 

(「f」は上旬「l」は下旬です)

ご意見ご感想はメール、もしくは掲示板までよろしくお願いします。

著書、絶賛発売中:『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)

01/01/15

君は人のために死ねるかぁ〜〜〜


 森君が帰ってくるってさ。もういいから帰ってくるな。

 週刊ポストでよしりんと田原総一郎が対談してたな。
 この対談を見て、よしりんのいいたいことがようやく分かった。
 つまり「9条が変われば、何かが変わるんじゃないか」という、希望を述べてるだけなんだね。しかもノストラダムスの大予言レベルで。つーか「空から100万円落ちてこねぇかなぁ」というのに近いか。
 もうちょっと詳細に行くと、日本が明確な軍隊を持つことによって「いつ戦争が始まるかもしれない」という緊張状態が生まれる。そうなれば国民ももうちょっと国や公のことを考えるようになるんじゃないか。という考え方。
 けれどもさ、この考え方っていうのは「私が日本人だ」ということにリアリティを持ってる人、つまり「日本のために戦って死ねる人」には有効かも知れないけど、そうではない人には全く意味がない。よしりんもそれを分かってるからこそ、ああいったとんでもマンガを描いて「日本はえらい」「日本はすごい」と啓蒙しているわけだ。
 でもさ、靖国の英霊の方々ってのは、本当に「日本のために戦った」のか?
 本当はよしりんも言うように英霊の方々は「クニのために戦った」んだよね。つまり、ふるさとや親や友人知人のために戦ったんだよ。自分の愛する人や物を戦争から守るために。

 よしりんは「日本が危機感を持つためには9条を破棄して、軍隊を持てば、日本人としての意識が高まる」と考えている、本当にそんなことのために愛する人や物を戦争の危機に晒していいものなのだろうか?
 靖国の英霊の大半は「クニ」のために戦ったのだ。仮に「国」のために戦ったとすれば、それは「自分たちの愛するものを守ってくれる国」のために戦ったのだ。

 ゴーマンかましてよかですか?
 自らの存在理由を確保するために愛するものを危機にさらす国など、靖国の英霊にとっても不要だ。
 小林よ!恥を知れ!!

01/01/13

げろげろぶー


 注・某山本さんの話題ではありません。

 なんか酒酔い運転のトラックに突っ込まれて子供二人をなくしたとかいう夫婦が、涙ながらに何かを言っていた。
 その様子がすごい気持ち悪かったんで調べてみると、こういうことらしい。

 俺は個人的にこの夫婦がすごく気に入らない。
 何が気に入らないって「法」の何をも理解せずに「厳罰化を求める国民感情がある」からもっと厳罰を科せなどと言いたれる態度が気に入らない。
 そもそも「刑事罰」とは積み上げられたテクストによる罰則であって、もちろん「どんな被告も『反省している』と裁判長の前で繰り返せば刑が軽くなる」などというのは論外だが、それと同様に「どんな被害者も『国民感情がある』と裁判長の前で(「涙ながらにマスコミの前で」の方がいいかもな)繰り返せば刑を重くできる」のだって論外だ。だいたい感情が何者にも優先されるならば、学校などでクラスの大多数の人間が「イジメたい」と感情を持てば、いくらでもイジメを行っても構わないことになるが、それでいいのか?
 この件に関して、私の考えは裁判長と同じだ。テクストの構築なしに、感情的に法を曲げてはいけない。法は法である。
 その上で、我々は「法」というものを「より良きもの」にするための努力を惜しんではならない。そうした中で厳罰化の考えが出てくるのも当然である。
 しかし、実際に「より良きもの」にするためには、さまざまな方面からの「批判(反論の意味ではない)」がされねばならない。そしてそれには当然それ相応の時間が必要だ。
 ところがこの夫婦、こういうことをすっとばして「法律を厳しくしようとしているのに、検察側の解釈や運用で、改正の意味も価値も半減してしまう」などと、自分勝手な妄想を振りかざしているのだ。しかも涙ながらにだ。
 これを気持ち悪いといわずして、なんと言う?
 その揚げ句の果てが
「厳罰化を求める国民感情があるのに、裁判所のものさしは国民のものさしと余りに違いすぎる。この判決から変わってほしかったのにまるで人ごとのように判断している」
 などという誇大妄想である。厳罰化を求めているのは「あなた」であって「国民」ではない。ごちゃまぜにしないでくれ。

 厳罰化をすることを是とする論理も示さず、また法の勉強もすることもなく、ただ「被害者」という特権に乗っかって大上段に構えているこういう人間に向かって「気持ち悪い」という感情を吐露できるのは、私がこの件を「まるで人ごとのように判断している」からなのでしょうかね。

01/01/12

理解と私刑


 NHKのニュースがネット上で見られるようになっていました。

 成人式どうたらの話なんですが、結局のところ止めたらいいんですよ。どーせ呉服屋と貸し衣装屋と着付け屋の都合でしかないんだし。
 騒いだほうも、別に彼らが自分たちでパーティやってハメはずして備品の一つでも壊したら損害賠償しなきゃいけないだけの話なんだから。どっちも放っとけ。
 さらに、怒っている自称「大人」の方々というのは、別に成人式の意味合いやありようを考えたうえで批判しているわけではなくて、単に「最近の若い者は」でしか怒ってないんだから、こっちだって放っとけばいい。
 結局、やってる人間も暴れる人間も怒る人間もアホなんだから、みんなまとめて放って置けばいいんですよ。

 なんかテレビにつなげる同軸ケーブルとか分波機とかがあまっていたので、FMアンテナ代わりにラジMDにくっつけてみる。とりあえず雑音は減った。別に普段聞くわけじゃないから、どーでもいいんだけど。


 さて「ネットワークとリソースについて」シリーズ。(そんなシリーズあったか?)

 去年の年末に、芸能人の電話番号やメアドをやりとりしている掲示板が2ちゃんねらーによってつぶされるという、面白い事件が発生していたようです。
 まぁ、どー考えたって芸能人の情報をやりとりしていた厨房(本当に中学生)と、その周辺の連中が悪いんだし、それに対して「世間の常識」とやらを教えることが悪いとは思わない。しかし、こういう風な「俺達が社会の常識を教えてやる」みたいな感覚から発生する「俺が裁きを下す」という考え方に違和感を感じる。
 つまり、こういった感覚の積み重ねが、現行の「裁判による公的な罪の認定」ではなく「被害者(と、その周辺)による私的な罪の付与、すなわち私刑」につながっていくと考えている。
 で、それがなんで「ネットワークとリソース」と関係するかといえば、もともと裁判だとかそういうことに満たない罪というものは常に私刑だったわけだけど、その罪に対する「許し」というものは罪が風化することによって自然に行われてきた。
 しかし、ネットの場合はリソースが存続するかぎり、情報的風化(感情的風化と区別)は起らない。
 ということはネット上において「許し」は自然発生することはなく、各自の自発的理解を経て初めて「許しが発生する」ことになる。

 たとえば前年に起きた「銃夢事件」を例に考えてみると、作者の木城氏が商標の概念を勘違いしていた事から発生した事件は、「漫画業界の旧態依然とした著作権理解という状況」と「木城氏自身の謝罪」という「相互理解」を経て許されたものであって、決してネットワーカー(2ちゃんねらーと書かないのは、この問題にはそれ以外の人間も多数参加しているから)側からの一方的な弾圧行動ではなかったわけだ。(その証拠に、ゆきとぴあ復活後に掲示板等が荒らされた等の事例(事件の最中も「荒らしはなかった」といっていいくらいだったけど)は発生していない)
 一方、今回のまっちゃんの例の場合、2ちゃんねるで晒された後、わずか2日弱というスピードでサイト閉鎖まで至っており、2ちゃんねらーの間での事態の収拾に対するコンセンサスすら得られていない状況下、一部の人間の先鋭化による個人情報暴露という一方的な形でサイトを閉鎖に追い込んでしまった。
 ところが、これでは「各自の自発的理解」などは発生するはずがなく自然風化に任せるしかないのだが、上記の通りネット上のリソースは削除しない限り存続しつづけてしまうわけであって、これをいったいどのように処理していくのかが全く見えてこない。

 このように一度「ある種の解決」をしてしまった件。これに対して「悪」とされてしまった人間が名誉を回復するためには、改めて「各自の自発的理解」のプロセスを得なければいけない事になるが、これがどのようになされるべきなのか。
 これはネットを社会として認知するうえで、大変重要な問題だと考える。

01/01/11

タックルにも困ったもので


 フクダさんから非常に終末感漂う素敵な年賀状が届きました。
 親に見られなくて、良かったと思います。


 なんかランキングがどーたらという科学誌だかビジネス誌だか良く分かんない雑誌で「夢の21世紀の技術」なんていう特集を組んでいて、その中で平気で夢の技術として「i-mode」を挙げ「i-modeはキーボードを払拭した」などという電波な論理(結局「指でボタンを押す」という点では広義のキーボードともいえるし、入力形式にしてもMDを買ったときに書いたように、あの配列は場当たり的なものでしかない)を言っている人がいて、結局のところその特集でのランキングトップが「i-mode」なんていうボンクラっぷりに何ともいえない気分。とはいえ、ちゃんと「TRON」なんかを押さえている人もいて(もっとも家電の話で、超漢字やGTフォントとかに触れてなかったのがちょっと悲しい)、こういう分野の人もピンきりなんだなと思った次第。
 ちなみに日本の直上軌道に衛星を置いてネットワークデータのやりとりをする「i-space構想」ってのが面白そう。


 ペルソナ2罪クリア。
 感想は前作と比べると非常に親切になっていたし、ストーリー的にも興味深く、大変おすすめ。
 難をいうなら、表現したいことがエンターテインメントに昇華されずにそのまま掃き出されているので(つーか、そのまんま)、これが新書判の本だったらすなおに面白いと思うのだが、ゲームとしてはどうかな?という気もする。
 せっかく惑星直列やラストバタリオンやロンギヌスの槍などのとんでもワードを使っているのだから、もっと無茶苦茶な展開をしてもいい気がするな。俺だったら「ユダヤの陰謀」とか持ち出したいけど、抗議されるからだめですかね。
 んー、そのうち五島勉監修のソフト出してくれませんか?面白いと思うけど>アトラス様


 先日のタックルでの武田さんの「編集された」発言について。
 オンラインジャーナリズム掲示板 より転載
TVは鬼門 投稿者:武田徹  投稿日: 1月 9日(火)23時14分28秒

ぼくは自分の表現の仕方が、TVにおけるコメントというスタイルに合っていないことがよく分かっているので、TVは出ないことにしている(というか正確に言うとTVに出てもまとまらない話し方しかしないので、最近では殆どお呼びがかからなくなっていた)のだが、先日、魔がさして(ぼくも、また制作者側もーー)出ちゃったのだ。しかもゴールデンタイム。浅羽チェンチェが手放しで誉める、映画も監督する国民的コメディアンの司会する番組。
で、収録が終わってから後悔の嵐で、広く知られるとかえって見られてしまうのが嫌で、ここでも取材を受けたことを報告しなかった。放映予定日も忘れちゃってたんだけど、どうも先日、しっかり放送されたみたいで、反応がぼちぼちある。
自分でも見ていないのでどう編集されたか分からないけど、テーマは「2010年に日本社会は安全性がアヤしくなるのか」みたいなもので、ぼくは「日本は犯罪が少ない、日本の警察は優秀であるというのは、実は村落共同体が相互監視機能を持って犯罪発生の抑止、犯罪者の告発を行っていたからに過ぎない。人口移動が増えて村落共同体が崩壊すれば当然相互監視機能は低下するので、犯罪発生率は増える」という考え方を述べた。ただーー、ではどうするかということで「だからといって警察機能を強化しろと言うのは大間違いである。地縁、血縁で繋がり、かなりの部分価値観が均質化している構成員からなる共同体が崩壊し、価値観の違う他者が寄り合い暮らす都市化が進む場合、他者と共生する技術が育まれるのを待つべきであり、警察機能で上から抑える、あるいはかろうじて残った村落共同体の価値観に従って自警団を作って他者の奔放に見える行動を抑圧するという方法を採用するのはサイテーである」とも述べた。これは前半と後半がセットになった意見であって、前者だけでコメント取材を構成されちゃうとなんだかぼくが警察強化や自警団による安全回復を支持しているように思われるので困る。
しかしコメント取材の場合、自分の想い通りに行かないのは当然であって、それは新聞などの取材でもそうなんだけど、TVの場合、自分が話している映像が出てしまうのでなおやっかいだ。話していることの一部分は、考え方の全体とかならずしも順接関係で繋がらないんだよ。でもそう思って視聴者が見てくれると思うのは出る側の甘えだろう。映っているときに語っている内容を核心として同心円的に拡大されたものがその人の考え方だと思われてしまう。
だからTVはいやだったんだと、収録から帰る途中、唇を噛んだ。あー。でももう遅いんだよなー。もっと長く出て、お得意のあーでもないけど、こーでもない、こうも考えられるけど、こうも言えるとか、あちこちから問題点をいじる論法を全面的に披露できるんだったら別だけど、やっぱりTV局方面は鬼門ですね。
武田徹
 結局のところ、現状の「24時間の枠内で動くTV」というのは、意見でもなんでも「時間的に簡潔に(「内容を簡潔に」ではない)」編集せざるをえないわけで、その過程で「自分たちにとって都合のいい意見のみを抽出」という考え方が出てきてしまう。結果このように「出演者の意図と正反対のコメントが流れてしまう」事態を引き起こしてしまう。もはやこれは編集ではなくて歪曲。
 こうした事例をみるに、本当にテレビというのは恐ろしいなと思う次第。
 ちなみに放送上では「日本は犯罪が少ない、日本の警察は優秀であるというのは、実は村落共同体が相互監視機能を持って犯罪発生の抑止、犯罪者の告発を行っていたからに過ぎない。人口移動が増えて村落共同体が崩壊すれば当然相互監視機能は低下するので、犯罪発生率は増える」という部分だけ放送していました。タックルだもの。

01/01/09

恒例の今週のタックル


 こんなメールが来てました。
謹啓
盗聴法に反対を表明しておいでの皆様方にぜひお伝えしたいことがあり、メールさせていただきました。突然の不躾をお許しください。
わたくしこと、名古屋市内に住む一女性ですが、この度、愛知県警警官(刑事)の不祥事を告発するウェブサイトを立ち上げました。
表題は、「1988名古屋・妊婦切り裂き殺人事件〜私は警察のおとりにさせられた〜」というものです。URLは、

http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/1177/

となっております。
このホームページには、おとり捜査行為はじめ、違法盗聴など、警察の腐敗体質の実情が詳しく述べられています。
ぜひともご一覧くださればとお願い申し上げます。
敬具
 内容の真偽は各自判断のこと。


 萌え萌え踏み台昇降
 つーか、県南部の学校ってどこ?気になる。


 武田さんがタックルに出ていたな。
「共同体の崩壊で安全神話が崩れた」ようなことを言っていたが、実際の文脈は放送されてないので分からん。「崩れたから共同体を立て直すことが必要」なのか「崩れることは必然なのだから、新たなるコンセンサス(たとえばメディアリテラシーとか)を産みださなければならない」なのか。もちろんタックル的には前者でいきたいんだろうが。
 ちなみにこの日のタックルも「俺は感情論的にむかついている」状態で意味不明です。まぁ、精神ショーガイ(病気などによる障碍者とは関係ありません)者達によるおもしろコント番組(「そっとテロリスト」の社会バージョンだと思うのが一番わかりやすいかな)ですから、どーでもいいんですが。

01/01/07

善良な一般市民の幻想


 Yomiuri On-Lineより転載
私語やめぬ新成人に立腹、市長が式辞放り出す

 成人式での新成人のマナーが低下している問題で、埼玉県深谷市で六日行われた式場であいさつに立った新井家光市長が、私語をやめない新成人たちに腹を立ててあいさつを取りやめ、式辞を書いた紙をステージ上に放り投げる場面があった。新成人からは「私たちもうるさかったが、式辞を放り出すのはひどい」と反発する声も。新井市長は「毎年、成人式に参加するたびに憤り、さみしい思いで会場を去る。せめて大人としてのルールを守ってほしい」と語りかけた。

 式典は、同市総合体育館で午後二時から三十分間の予定で始まり、新成人約千三十人が参加した。しかし、開始直後から、おしゃべりをやめなかったり、携帯電話で話したりする新成人が目立ち、国歌や市歌の斉唱にも大部分が参加しない状態。式辞で壇上に立った新井家光市長は「三十分の静寂も守れないのか」とマイク越しに大声で会場に呼びかけたが、会場は静まらず、「おめでとうという式辞を読む気にもならない」と手にしていた式辞を足元に放り投げ、自席に戻った。その後、来賓の祝辞や新成人の言葉などの行事が淡々と進んだが、市長は終始、苦々しい表情だった。

 同市は昨年から式を「式典の部」と「歓談の部」に分け、式典の部を短縮するなど対策を取っていた。

(1月6日20:42)
「餅をのどに詰まらせて死ぬ老人」と同様の新春名物「成人式でキレる人」ですが、そもそも成人式の日に全員が雁首そろえて年寄りの話を聞くこと自体が意味のないことであって、このキレた人達が成人式なるイベントに何を求めているのかは分かりませんが、どうせやるんなら古式バンジーをやるとか、何らかの意味を持たせたイベントをやってくださいな。



・戦いごっこ 禁止すれば 大丈夫?

 これを読んで感じるのは、なんでこの人達は「親」という存在に異様なまでの幻想を持っているんだろう?ということ。
 たとえば以下の部分。
昔は、「怪獣の中にはお兄さんが入ってるのよ」と、冷静な親が多かった。最近は、「わー怪獣だー、こわーい」と大人の声が聞こえる。子どもと一緒にその世界に浸って楽しむ親が増えた。
 はっきりと書かれてはいないが、ニュアンス的に「昔の大人はまともだった」的なものが読み取れるんだが、別に「お兄さんが入っている」事を教えたところで、それは別に倫理的な教えとは全く関係ない。

 他にも
 容子さんが「戦いごっこ」に敏感になったのは、4年前の神戸連続児童殺傷事件がきっかけだ。絵本のニュースレターに「戦いもののテレビやゲームに接すると、暴力を容認する子になってしまう」と書かれていた。「パパ」「ママ」より先に「やっつけてやる」という言葉を覚えた子の例も書いてあった。自分も小学生のころは、同じような遊びに夢中になっ記憶がある。

 「ある程度善悪の区別がわかる年だった。幼児のうちから、暴力的な戦いごっこをやらせてはいけない」

 そう確信している
 この部分、いまいちわかりにくいかもしれないが、これも「親」というものに対する幻想がある。
 自分の過去を振り返り「ある程度善悪の区別がわかる年だった」などと言ってはいるが、現実にはそれは小学生だったこの人の主観でしかないし、そもそもこの人が「幼児のころに「暴力的な戦いごっこ」をやっていなかった」という証拠もない。論拠といえば「絵本のニュースレターに「戦いもののテレビやゲームに接すると、暴力を容認する子になってしまう」と書かれていた」程度の事であって、この人は単にそれを疑いもせずに鵜呑みにしているだけである。
 そのくせ「幼児のうちから、暴力的な戦いごっこをやらせてはいけない」という確信だけを強く持っているというのは「自分は親である」「親は立派だ」すなわち「自分は立派だ」という無根虚な三段論法でしかない。

 そもそも、昔から親なんてのはロクでもないものだった。というか、1人の人間は誰もが大体に於いてロクでもないものなのだ。
 それを認識していてこそ、社会の重要性の認識や、努力への意思というものが産まれるんだが、こうした「親は立派」幻想を用いるかぎり、それは怠惰と現状へのおもねりしか産み出さない。
 そう考える。

01/01/06

右翼の幻想


 さすがに、ビシビシ厳しくしつけられた自衛隊の方々は人間ができてますね。(笑)

 橋本VS長州戦、お約束のようなノーコンテスト。
 つーかさ、あの試合を組んだ時点で、橋本の行動範囲を狭めるための口実だったことはみえみえだったんだから、やらなきゃいいのに。
 しかも「もう1回」なんてアピールしちゃって、これでどの面さげてノアのリングに上がろうっていうんですかね。
 結局、この一連の騒動で一番迷惑を受けたのは三沢か。ノアの選手はこの件で三沢を責めちゃだめだよー。それこそ新日の思うつぼだから。

 ツーカーセルラーが発売しているプリペイド携帯のCMで「使いもしないのに基本使用料を取られるなんて」なんて台詞が出てきますが、携帯やPHSは待ち受け状態の場合でも常に相互に電波のやりとりをしている(だからこそ待ち受けられる)、つまり「使っている」訳で、「使いもしない」状態とは携帯の電源を切っている場合であって、いったいこの人達はどういう利用形態を想定して「使いもしないのに」などと言ってるんでしょうか?良く分かりません。
 ちなみにこのプリペイド携帯も「基本使用料」というものがないだけで、実質的に使いつづけるための費用(プリペイドカード購入)は当然発生します。ちなみに最低1年で12,000円ほどかかります。まぁ、それでも普通の携帯と比べれば、かなり安いんですけどね(電話本体の価格差を考慮すると微妙なとこだな)。

 この「21世紀日本の課題」って文章の「2、安全保障」を見て「右翼って本当に単純だなぁ」と思った。
 この文章がなんとなく説得力があるようにみえるのは、最終的にこの文章が「体を張る」と「金を出す」という二項対立になっているから。
 けれども国際情勢ってのがもっと多様な要因からなりたってるってのは、中学の社会科をやれば分かる話でね、「体を張って戦えば分かりあえます」「金を出すだけでは真の友好は望めません」なんて単純な話じゃないんだよね。もしこの単純な図式が本当なら、現在紛争やってない国とは絶対に仲良くなれないということになる。
 別に俺は現状の世界情勢(「戦力の正義」というものがまだコンセンサスとしてある状態)において、ある国家が「戦力」というものを1つのカードとして持つこと自体は否定しない。しかし、そのカードが常にどの国家が持っても有効なカードとなるかというと、そうではない。
 特に日本のような「大戦に負けた国」が戦力を持とうと考えた場合、周辺諸国の反発をも視野に入れて、そのカードを持つことが本当に有意義なのかを論じなければならない。
 俺の考えとしては、日本が「攻守ともに使える武力」というカードを有効に使うためには、第二次世界大戦での負けの清算、すなわち「戦争責任の清算」をすることが絶対必要条件であると考える。そうでなければ、周辺諸国が日本軍の進軍を決して許さないだろう。
 安全保障とは、さまざまな国との折り合いをつける行為、すなわち「外交政治」によってもたらされるものであって、外交においての「戦力」とは所詮カードの1つに過ぎない。

01/01/04

だって21世紀だもん


 そいえば、今日(4日)の午前3時前くらいに、東の空に火花を散らしながら落ちる流星みたいなのを見たんですが、あれはなんだったんだろう?イリジウムってそろそろ落ちる頃だっけ?いや、確か今年秋ごろだもんなぁ。

 うちの親のバカさ加減を改めて実感。結局のところ、俺を一発でも殴って悪者に仕立て上げないと自分の気がすまないだけでしょ。人の部屋の引き戸をむりやりこじ開けようとしながら「話し合い」などと言いたれる態度には本当にあきれましたよ。

 中村正三郎のホットコーナーより転載。
標題: 年賀にならないMSN
---
 南日さんから、2001年元旦に届いた、MSNとMSのPowertoyに関するメールです。
--- ここから ---
 神奈川のなんにちともうします。いつも楽しく読ませていただいております一読者です。今世紀も、よろしくお願いいたします。

 新春早々,Hotmailの年賀状サービスを使った賀状を何通かもらったのですが、「サーバーにアクセスできません」状態で、ほとんど読めないまま、元旦が終わろうとしています。やっぱりというか、なんつーか。
 CMを、水野真希や反町隆史からの年賀状を「だって21世紀だもん」ということで、盛んに流していましたが、MSはどうやらこれからしばらくも20世紀のままであり続けてくれるようです。
 俺はあの宣伝っぷりからして「Hotmailサーバーが落ちるな」と思ってたんですが、落ちはしなかったようです。つーか、アクセス制限して処理をしなければ落ちもしないか(笑)。だって、そういう21世紀だもん。

01/01/01

インパク


 明けました。別にめでたいことはありません。
 新世紀、最初に食べた食べ物は納豆巻。最初に思い浮かべたお笑い芸人はホンコンさん。んで、最初にアクセスしたサイトがインパクだったりするわけです。

 で、さっそく見たのですが……「これはひどい」。
 つーか、メインゲートに行くと、 いきなりクリッカブルマップでどっかを選択しなければなりません。ということは、このメインゲートの時点で「画像表示してなかったり、テキストベースのブラウザや聴覚障碍者のための読み上げブラウザなどを使っていヴァカは逝ってよし」との方針であると考えていいらしいです。
 さらには最初から最後までテーブルタグで囲みまくった汚いソースを見せられたら、笑うしかありませんよ。
 ……マップ一通り回ってみたけど、本当に「タダのリンク集」だよな。
 ……まずい、本当に書くことがなんにもない。文句をつけようにも文句をつけることすらしたくない。
 もうインパクは忘れよう。なかったことにしよう。

 提言。みんなでインパクを封殺しよう。

Homeへ戻る