10月(下旬)の日記。


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ご意見ご感想はメール、もしくは掲示板までよろしくお願いします。

著書、絶賛発売中:『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)

00/10/30

G.A.と落書き その1


 ふと思ったけど「インターネットかるた」でも作ってみたら面白いかもな。
「木村太郎 自殺のページは2万件」
「河上出てけ 陰で糸引く有田芳生」
「筑紫哲也 ホームページはは便所の落書き」
 なんかネタが偏ってますが。
 ちなみに「つ」は「鶴舞うかたちの群馬県」で確定済みだから(笑)

 さてと。
 今、書きたいことは3つ。
1、「ネ故・河上イチロー絡み」(「立場」と「意見」の関係性について)
2、「実名と匿名と空白について」(3者の明確な区別の必要性と、議論系掲示板での空白の害悪について)
3、「G.A.と落書きの件」

 このうち、上記2件は繋がってくる部分(匿名性)があるので、時間のない今回は単体で書けるG.A.と落書きの件を書く。今回は具体的なカウンターについて。

 まずは、この件に関してのG.A.の活動をまとめてみる。
 具体的には2つ。
A、落書きを消す
B、落書きした者の現行犯逮捕(「落書きしたという確証があるのかないのか」とか「落書きは犯罪か?」という点はおいておく)

 つい「G.A.批判」をしようとすると、Bの点のみに注目してしまうが、適切なカウンターを当てようとするなら、Aの点を忘れてはならない。なぜならG.A.活動の重要項たる「一般市民の支持」はそうした地道な活動から生まれるものだからである。
 私はAの点は一応「消している」という点のみ評価するが、そこにも問題点はある。それは「壁の見栄え」は誰のものか?という点である。分かりやすく言うと、まず「壁」そのものは「壁の所有者」のものではあるが「景観」ということを考えた場合にそれは隣近所の住民や自治体によって規制されうるものであり「所有者の物」と言い切ることの根拠がない。
 現在の場合は、壁の所有者もその近隣も「消すこと」で同意しているから問題はないのだが、例えば落書きされる家の持ち主自身がそういうものに理解を示し「落書きは消さなくてもいい」という考え方をした場合に、どうするのだろう。
 当然これを無理矢理消そうとすれば「落書き」と同じことになる。かといって一部に落書きがされていることで、その周辺に被害が及ぶことも容易に想像がつく。このときにG.A.が「所有者の権利」と「近隣住民の権利」をどのように考えて、どういうふうに動くのか。これが非常に重要である。

 次にBの点。
 これはG.A.の視点で言えば「事前に落書きを防ぐ」ということになるのだろうが、実際は落書きの場所を移動させるだけであって、根本的な「防止」には程遠い。この点については各自だいたいの部分は掴めていると思うので、詳細は省く。

 さて、この2つを考えたところで、この問題の根本を指摘する。
 それはG.A.が「住民と落書き描きを被害者加害者という固定化された関係性でしか見ていない」ことである。

 すんません、時間がないんで続きはまた明日。

00/10/27

ささいな情報


 なんでか阿修羅の方にヨブ記(旧約聖書)が転載されてるな。

 タイムショック復活にもショックを受けないというか、ショックを受ける間もなくつまらないというか、かかってる金のわりには視聴率の伸びないミリオネアですが、なんか芸能人大会乱発で視聴率を伸ばすきっかけを見つけたのか、レギュラー枠にも芸能人を出して補強の動き。まぁ、どうでもいいけどさ。

 ユニセフが「無断リンク禁止」のウワサ。
 ちなみに上記リンクは「google」の検索結果ですが、このように無断リンクを張られていることに対して、ユニセフは抗議をしたのでしょうか?(笑)
(ところで最近、検索をするときはほとんど「google」を使ってます。やっぱり検索ページの軽さが魅力でしょう。もうちょっと詳しく検索したくなったら「kensaku.org」を使えばいいし)

 河上イチロー極限資料集。
 要チェキ。

00/10/26

細々とした話題ばかり


 ときメモファンド。素敵な特典つき。
 よし、今だ。商標登録や訴訟を楯に利益を確保するコナミの体質が許せない人は、絶対にときメモ3を買うな。君たちの意見を通すには、このような新規事業を潰していくしかない。その上で株主総会で責任を追及するのだ。ていうか、それって総会屋?

 なんか例の小出監督が参院選に自民から出馬するとかしないとか。
 いかにもキナ臭い金メダル絶賛報道、そして国民栄誉賞は、こういう形で非拘束名簿方式へと繋がっていたわけですな。つーか、乙武くんが公明から出馬並みにそのまんまですが。
 まぁ、アメリカの大統領選なんかでは「良き父親、良きファミリー」をイメージにしているのに対して、日本のイメージは「光源氏」ですか?まぁ、若い男とおばさんを国から追いだしたい連中にとっては、それこそ理想なんでしょうよ。
 ちなみに、尚子ちゃんに関しては、金メダル直後に吉本隆明が朝日新聞上で単純に「すごい」なんて喜んでて「このオッサンも、もはやボケ老人か」と思ったのも、ちょっと前の話だったな。すごいねーー、俺の直感力。(まぼろしオヤジ風に自画自賛)

 昨日のニュースステーションで宮崎さんちの勤君の話をやっていて、さまざまな視点で取材した結果、無難なメディア批判に収まるという、まぁ見事なやっつけ仕事っぷりだったんですが、気になったのは、他者との関係を結べない「関係不全」なんて話でメールやネットなどを批判してたけど、そもそも「健全な関係」という感覚があって、その逆が「関係不全」であるとは考えられないだろうかと思ったわけ。
 つまり、彼らが思う「健全な関係」とは、例えば共同体であってり、家族や一族といった関係であったり、さらには若者で言えばカップルなんだけど、そういった「正常な関係」を強調するがために、その対の概念たる「関係不全」という言葉がより不健全なものに映っているのではないかと。
 なんか、これもよくありがちな対論だよな。けれども、そんなありがちな対論を考えなければならないほど、マスコミの操る「正常」という概念が酷いって事だな。

00/10/25

いろんなものが蠢いてるな


 花まるマーケットでなんか「ITってなんですか?私はわかりません」なんて疑問が紹介されてたんだけど、言うなればITとは「私には分からない」という人をバカにする技術ってところだな。つまり、調べる気があれば人に聞かずとも(プライバシーが守られるということ)調べられるようにするって事だからさ。

 「実は鱒です。言っていいのかわかりませんけど(笑)」
 つーか、それって「カラフトマス」のことだろ。
 ここの解説を見れば分かるように、れっきとした「サケ科サケ属」の魚。というか、和名ではほとんどサケとマスの区別なんか無きに等しいのだよ。
 無知ってヤだね。


 さて、いろんな部分で膿が露出しつつある、河上イチローネット死騒動。
 やはりたいていの人達が思っている通り、この話の中心人物は「西村しんじんるい」「有田」「滝本」になるんでしょうね。そして「しんじんるい」が「河上=オウム信者」を隠す条件としていたのが「デアアングリッフ閉鎖」であることは想像に難くありません。
 それを河上さんは「ページ群の分割譲渡」というウルトラCで逃げ切ってしまう。
 ということは、今回のしんじんるいや有田の発言は「負け犬の遠ぼえ」ってところか。いままでは河上イチロー一人を攻撃すれば良かったものが、今後はそれぞれの分割された管理人を個別に叩いて行かなきゃいけなくなったわけだからな。しかも「オウム」という手軽に叩ける道具はなくなってるしな。

 話は飛んで、そうした「自由な発言のできる掲示板」に危機感を覚えているのは、当然「公安」なわけで、するてとあそこのアクティブは公安マーク済み?俺もマークされてる?
 まぁ、いいよ。もともと俺は「まともな社会生活」なんて送ったことなんてないんだから、それで失われるものなんてなんにもないしな。
 ……さて、家の近くで電話工事が始まったら要注意……って、ネット中心に使ってる今の電話回線って、こっちに戻ってきてから引いたものだから……もうすでに盗聴器セット済み?いやん(笑)

 とにもかくにもこの一件で、河上関連について発言しようと思ったら、すべての人は「他者の見方」を露呈せざるを得なくなったわけです。
 皆さんは事細かく、この件についてのいろんな人の発言を見ていってください。この「関係性」を中心とするネット社会で誰が時代錯誤の発言をしているかを見極めてくださいな。

00/10/24

であ・あんぐりっふ


 河上イチロー氏ネット死。

 で、消えたと思ったら西村しんじんるい氏が衝撃の告白(23日分)。
 おい、こら。河上!!
 いきなり消えるな!!

 俺だって、場合によっては、おとなしく見逃すつもりだったんだぞ!!

 アレフだかオウムだかのサマナ・河上イチローこと福○利○!!
 出家番号971!!
 カーマ・アニッチャ・パンニャッタ・パンニャーヤ・ムッタ・デーヴァ!!
 上祐とはうまくやってるかい?
 だそうです。

 感想としては「別にどうでもいい」ですね。河上氏がネット死した理由も個人データも何にも興味がありません。つーか、こういうのを「隠し玉」的に扱うしんじんるいの方がハズしてる。

 まぁ、とにもかくにもお疲れ様でした。ということで。
(ところでネットには「自殺の自由」が存在するのだろうか?)


「林檎の木の下で」
 円周率は「3」でよいとするお話。
 たしかに、円周率は最終的には「π」としてしか表現しようがない(無理数なので)のだから、別にその中身を「3」と覚えていようが「3.14」と覚えていようが「3.141592」と覚えていようが、どーでもいい話である。  むしろ「3.14」という数を「πの定数」として覚えてしまう方が危険かも知れない。
 たしか改定された学習指導要領では「おおよそ3」とするように表記していたはずだが、重要なのは「3」ではなく「おおよそ」という「見なしの概念」を教えることなんでしょうね。

00/10/23

魅力


 ああっ、しまったあああああああああっ!!
 例の誰も注目していない「伝説の番組復活」を本気で待ち望んでいると思われない程度にフューチャーし続けていたこのヨブさんですが、ひとつ大事なツッコミを忘れてました。
 遅ればせながらここで発表です。

 つーか「タイムショック」より「タイム小学生」の方を復活させてくれ。

 あーあ、にーやま脱がねぇかな。A女E女に釈由美子がっ。くらいのインパクトはあると思うが。


 さて、今日は小田嶋さんの日記からネタをゲット。
 田中の康夫ちゃん当選について。
問題は、田中康夫が本当のリベラルであるのかどうかではない。彼が左翼思想の持ち主であるかどうかでもない。真の問題点は、あんな男でも持ち上げざるを得ないほどに、左側あるいはリベラル陣営の人材が払底しているというところにある。
 反戦や市民運動といったキーワードに対して、ティピカルな反応を示す人間なら、誰でも持ち上げてしまうのだとすると、リベラルというのは、いかにも底の浅い思想ってことになるぞ。
 っていうか、私の見るに、田中康夫であるとか筑紫某であるとかいった人々は、あれは、むしろ右翼の手先です。だって、あんなインチキくさい人たちを見ていたら、若い連中はどうしたってリベラル嫌いになるに決まっているんだから。
 い、痛い。
 世の中のリベラルは小田嶋氏の質問に答えるべきである。
 ちなみに俺の返答はこうだ。
「人間的魅力のある人」という点に関すれば払底してるよ。と。

 小田嶋さんはこうも書いている。
 つまりですね、たとえば石原慎太郎および小林よしりんと田中康夫ならびに筑紫哲哉を比べてみて、どちらが正しいかとか、いずれが真っ当な人間であるかということはとりあえず置くとして、どっちが魅力的かと問われれば、たいていの人は石原慎太郎の側に軍配をあげるだろう、と、そういうことです。
 だって、オレでさえそうなんだから。
 もちろん、私は石原慎太郎が嫌いだ。傲慢で高圧的で思いあがったイヤな野郎だと思っている。端的に言って無神経で酷薄な我利我利亡者以外の何者でもないというふうに評価している。
 でも、それでも、生身の人間として虚心に見てみると、やっぱり田中康夫よりは魅力的なのですね、残念なことに。
 俺的に採点すると、この4人の人間的魅力は「石原慎太郎>小林よしりん>田中康夫>筑紫哲哉」である。つーか、慎ちゃんやよしりんほど面白い人間はそうそういない。
 そもそも人間的魅力とは、その人間に欠陥があればあるほど高いものであって、当然欠陥の多い自我の持ち主の方が魅力はあるということになる。
 ちなみに俺の中ではこの4人に宮崎の親分をプラスすると、彼が断然トップに立つのだが、彼は左派ではあってもリベラルではない。

 と、言うわけで、俺の答えは「合理的かつ論理的な意識を持つリベラル連中に魅力がないのは仕方のないことである」で決まりだ。せめて康夫ちゃんもペログリでたくさんの女を不幸にしているのなら、ひどく魅力的なのだが……。というわけで、康夫ちゃんとペログリ関係の方がいましたら、是非とも康夫ちゃんのひどい男っぷりを公表していただけませんかね。そうすれば魅力はよしりんを抜くんですが……。

00/10/20

G.A.問題の本質について


 サイバラワールドついに映画に進出。


 河上板(改め「カタカナサヨク掲示板」)には書かないが(どーせ厨房に絡まれるのは目に見えているので)、ここでは書いておこう。

 (キタノ)さんが「アーティストが逮捕された」などと言っているが、俺から見ればその「アーティスト」やらも「G.A.」も所詮は同じ穴のムジナに過ぎない。
 「G.A.」が法的に問題のある暴力を振るった(一般人の現行犯逮捕では、相手が逃げる可能性が高い場合のみ、身柄の拘束が許される)ということばかりを問題にしているが、そもそも他者の持ち物の壁に書くペインティングアート自体が犯罪行為であるということを見落としている。
 もちろんそれが犯罪だからといって「即逮捕」は悪質だが、それを指摘するだけでは、実際に落書きされる人とか、現在の社会に不安を持っていてG.A.的なものを肯定したい人という存在をまったく無視することになる。果たしてそれが「社会性のある議論」だろうか?

 そもそもG.A.問題の本質部分とは「良心の欠如」である。
 日本は法治国家であり、当然、違法行為をすれば罰せられるのではあるが、その際の法運用はあくまでも「己が良心」に従うことが要求される。つまり、現実の「法」と我々の「生活」の間には「良心のヴェール」が存在するのである。ところがG.A.はそのヴェールを取っ払って「犯罪即悪」という主旨で活動を行っている。それは我々の「良心」そのものを危機に晒す行為である。だからこそG.A.の安直な行動は非難されるべきである。

 ところがこれを「G.A.の越権行為」や「G.A.の犯罪性」の問題としてしまうと、「落書き犯を取り締まるのだからよいではないか」「ピンクチラシなどは風紀を乱すから、取り締まるのは結構ではないか」という意見に勝てなくなる。それは彼らが取り締まる行為をしている人間も「犯罪者」だからである。こうなると、話は単純に「好き嫌い」に集約されてしまう。そして現在の日本では、どう考えても落書き犯やピンクチラシを張る連中より、それから市民を守ってくれるG.A.の方が人気があるのは当たり前の話である。明らかに違憲行為の「オウム信者の転入拒否」が広く受け容れられている現状を考えれば当然だろう。
 つまり、G.A.にカウンターを入れたいと思えば、G.A.そのものよりも、G.A.的なモノを欲する人々に対して、カウンターを入れなければならない。もしこれを無視して「民主主義的手続き」のみを問題視するとすれば、G.A.の存在を許しているに等しい。ここに「民主主義的多数決主義」の怖さがある。ナチスドイツだって民主主義的多数決主義から生まれたんだから。

 その「カウンター」については後日に。

00/10/19

書けませんな


 見ましたよ。タイムショック。
 なんか当日はやじ馬ワイドなんかに「今晩からやるんでよろしくお願いします」などと、中山ヒデと新山千春が番組行脚なんかしてて、実は局を挙げて応援するような番組なんですか?などど、TV朝日の底の浅さを実感。
 んで、番組を見たら、プレ放送でみたのとおんなじ安さ。つーか、北野教授はなんであそこにいるんですか?
 で、パソコンなんかいじりながらみてたら、いつの間にか番組終わってました。だって、全然面白くなかっんだもの。
 というわけでそれだけです。俺のみるところでは、多分セットの減価償却が終わるまでの命でしょう。

 さてと。
 河上板のカウンター掲示板ですが、まぁ空白で掲示板に書き込める人だから、自分の言葉の見え方に関して無責任なんだろうなと思っていたら案の定で、本来ならば「民主主義的手法を元としたG.A.批判は、自公保の暴挙を許してしまうのと同様の事態に陥る可能性がある」という話をしたかったんだが、とてもそういう他人の意見を聴く人とは思えないので、やめておきます。
 まぁ、彼のいうように「書いたらいい」のではありますが、少なくとも彼のような、他者の発言を自分の都合のいいようにしか取らない人がいちゃもんをつけてくるような前提がある以上、書けないということです。まぁ、少なくともああいう扇動的な書き方(相手を貶めることを前提とした(だから彼も俺が自分を貶めているなんて過剰反応してるんだろうな)書き方。つまりG.A.とネオナチを同一視してみたり、創価エンジェルズとか書いてる部分)をしているかぎり、まともに相手をしてくれる人はいないでしょうね。で、そういうのが無闇に書き込んでいくと、掲示板のレベルが落ちるわけです。それがちょっと悲しいんですけどね。

 でもさ、
ジャーナリストの批判が多少甘くてもそれは当たり前だし
私はそれを糾弾したり貶めようとは思ってません。
 ってすごい言葉だよね。どう考えたって「全てのジャーナリストを貶めている」のに分かってないんだよねぇ。
 まぁ、そのレベルか。

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