10月(上旬)の日記。


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(「f」は上旬「l」は下旬です)

ご意見ご感想はメール、もしくは掲示板までよろしくお願いします。

著書、絶賛発売中:『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)

00/10/15(追記分)

2ch厨房のレベル


 今日はよしりん裁判で厨房(カタカナサヨク)から「小林信者」呼ばわりされている、鈴木小太郎氏の肩を持ってみたいと思う。
 ソースはここ(2ch板)

 さて、簡潔に話す。
 2ch厨房はJim_Phelps氏のいう「実務レベルでの著作権の話」と小太郎氏のいう「著作権「法」の話」を混同している。さらには、小太郎氏のいう「著作権「法」の話」と判決としての「脱ゴー宣裁判の話」を混同している。

 なぜか。

 もともと「小林だって著作権侵害しまくってるじゃないか」という批判は「小林が上杉の著書を著作権の侵害としてで訴えた」事に対する「カウンターとしての批判」だったわけだ。
 この「カウンターとしての批判」の成立条件は「小林が上杉を訴えた」ことによるのであって、それ単独では現実に小林が訴えられていない以上、なんの意味もないのだ。
 ところが、2ch厨房はカウンターとしての批判、それ単独に意味があると思ってしまっている。
 そもそも著作権というのは親告権みたいな部分があって、たとえ無断転載であっても、無断転載された側が訴えないかぎり、問題になるということはない。
 2ch厨房はすぐに「適法か違法か」を問いたがるが、それ以前に「法的判断をする必然性のない場合」が存在することをわかっていないのだ。だいたい全てにおいて「適法か違法か」を判断しなければならないのだったら、掲示板の引用だって「違法か適法か」を問わなければならないことになる。

 小林が「脱ゴー宣裁判」で批判されるのは「著作権侵害を訴えた」事ではなく、著作者でありながら、著作権の事をなんら理解していないし、また判決が出た後も理解しようともしないからである。
 その他の「全著作者のために」といっていたのがいつの間にか「差し止めが出たので満足」などと差し止め請求の戦いだったかのようにウソを吐くとか、そういう点は「小林の表現手法」「小林自身」に対する批判であって「脱ゴー宣裁判」絡みの批判ではない。

 この辺りを混同すると、2ch厨房(カタカナサヨク)みたいな事になる。
 ここの連中は必死に小林批判の根拠を法的根拠に頼ろうとしている。あんなバカ、ちょっと頑張れば法的根拠など出さなくても簡単に論破できるだろうに。

 なんか話がずれたんで戻す。

 とにかく小太郎氏の基本は「著作権「法」の話」であって、「脱ゴー宣裁判の話」ではない。
 ただ、小太郎氏も良くない点はあって、他人の言葉を自分の都合のいいように曲解するクセ(Yahho!掲示板「続・「ゴー宣」著作権問題の判決について」の61番)や、法的な話をしているのに煽り文体を使っている……というか、実際煽っている、など、まぁ、厨房に絡まれるのも仕方がないかなって気もします。


 俺としてはいろんな意見を見ながら、総合的に著作権法(実務レベルでも法のレベルでも)を掴んでいきたいと思っています。

 結局は俺が誤読しなきゃいいだけだけどね。皆さまも誤読のないように。(結局、肩持ってないや)

00/10/15

共同体の歪みということ


 すまぬ。
 日記をかく元気がなかった事と、書こうと思っていた内容が重いものだったので、つい更新が滞ってしまいました。

 tanonmi.comの方に、TRON配列キーボードが出てて、これが無茶苦茶かっこいい。
 超漢字環境の方はゼヒ。11万出しても買う価値ありですよ。

 親父が寝言言ってるな。
 国民栄誉賞ってのは、父性社会(笑)を存続させるための賞なのか?……つーか、そのものか。

 コムスン掲示板
 ゴールデンハンマー振り回している場合じゃねぇっすよ。


 警察の女性警備艇船長が自殺なんて事件があった。
 上記リンクにはそれほど詳しく書いてないけど、仲人を御世話になった元上司にお願いしたことを注意されたりなどど、この結婚に対して、いろいろと注意されたらしい。で、その上での自殺だということで。
 ちなみに千葉県警側は「適切な指導の範囲内」なんて言ってる。
 中途半端な社会批判派だったら、この弁明を聴いただけでも「人が一人死んでいるという現実を見ていない」なんてことをいうんだろうけど、元々警察という組織は現実を見ているわけじゃない。

 警察というのは「男社会」だ。男社会とは封建的な共同体社会のことである。
(ちなみに「男社会」の反対は「女の時代」とか「主婦感覚」ではない。これらはしょせん封建主義下で例外的に認められようとする(ガス抜き目的で)感覚に過ぎない)
 つまり、警察官にとっては自分の立場を守ることこそが至上命題であり、それそこが「警察官の現実」であって、客観的な死が視野に入らないのは当たり前なのだ。

 さて、話は自殺しちゃった女性に移る。
 彼女は「全国初の女性警備艇船長」ということであるから、当然、男社会の中で「男」としてやってきたからこそ受け容れられたわけである。
 ところが「結婚」というイベントは彼女を「女」として扱う。
 つまり、普段の「男」としての自分の存在と、結婚という「女」となるべき重大イベントでの自分の存在。その2つのわずかな歪みが、彼女に襲い掛かったわけだ。

 普段「男」を演じてきた彼女が、おおっぴらに「女」に戻れるのが、結婚というイベントだった。
 彼女の中では、結婚は「自分のもの」と映っていたに違いない。
 しかし、男の論理では結婚は「共同体のもの」だった。
 上記のリンクには書かれていないが、彼女は仲人を今の上司ではなくて、御世話になったという前の上司に頼んでいたという。これは彼女の論理では正当だが、男の論理では職場に対する裏切りになる。そして当然そのことでも「注意」をされた。この「注意」も男社会では正当だが、彼女からすれば自分に対する嫌がらせにしか見えなかったのではないか。

 男の論理はこの結婚に対して「部下に対する示し」を求めた。
「女性初の警備艇船長」という「男になるべき女」に対して、わずかな時間も女であることを許さなかった。
 封建的な組織は、女性でも男として迎え入れざるを得ないのだ。共同体に属してもらわなければ、自分たちの実存そのものが危ういからである。逆に言えば、彼らの実存とは、周囲に地位を認められることに他ならない。地位のあるものに仲人を頼まない人間などは、共同体には不必要なのである。

 彼女は「男の論理」と「女性の私」の狭間に堕ちて、死なざるを得なくなってしまった。
 「男としての彼女」は自分の将来を左右する重大なイベントに、とてつもないミスを冒してしまった。男社会では一度のミスが人生を棒に振るようにできている。それは目下のものの押さえ込め、自らが安定を得るためのための暴力装置である。

 私は思う。彼女は「男としての自分」と「女としての自分」。どちらを憎んで死んだのだろうか?

00/10/12

あっという間日記


 サブドメインの設定が終了したので、今までの「http://www7.vis.ne.jp/~t-job/」のほかに「http://t-job.vis.ne.jp/」でもアクセスできます。ちなみに中身はおんなじです。

 ♪(労働省OBの)みんなで入ろうKSD〜(田中邦衛のマネで)

 他にはあんまり面白いニュースはないなぁ。
 以上。

00/10/11(追記分)

空白で討論?


 今ちょうど2chの「外国での児童売春の記録をHPにしているヴァカ」のスレッドをまとめて読んでる(part5まであるから、5000件近く)んだけど、まぁ近藤君が「ヴァカ」であるのは、その通りだと思う。
 ただ、むしろ俺が興味深いのは「空白君」(ハンドルネームを書かない人)ね。
 いや、煽ってるだけのバカとか、そういうんじゃないよ。ていうか、タイトルからしてこのスレッドは「煽りスレッド」でしかないんだから、ここで「近藤はヴァカ」という煽りは、全然OKなんですよ。
 むしろ気になるのは、こんな煽りスレッドで「討論しよう」とか言っている奴の存在。もちろん空白で。

 これが仮に2chでもどこの掲示板でもいいけど、どう考えても2、3人しかいないところで「討論しよう」というんだったら、いくら空白とは言っても文体や書き込みの内容でどれがどの空白の発言だかの区別くらいはつくから、討論も成り立つだろう。
 けれども、こんな24hで1000以上のレスがつくスレッドで、どう考えたら空白同士の討論が成立するの?

 そもそも討論の絶対条件は「誰が何を言ったかが明確になっていること」だよね。そうじゃなきゃ、反論ができないわけだから。
 もちろんその「誰」は実名である必要はない。雑誌なんかの「覆面座談会」だって、それぞれにA、B、C、と記号をつけるだけで、読んでいる側もその討論を把握できる。
 ところが、これが空白君になると、誰が何を書いたのかが、まったくわからなくなる。
 それは本来、人を区別する記号であるハンドルが空白にされることによって、その機能を失うからだ。
 ただし、その機能を失わされるのは、空白である本人ではなくて、空白と討論しているが話の人間だ。
 空白は自分が空白でも、他の空白と自分の書いたことの区別はつく。しかし、空白と討論している側は、討論している空白が書いたことと、別の空白がレスを入れてきたことの区別がつかないんだよね。そしたら、当然討論にならないわけ。

 つまりさ、ハンドルを使うってのは「僕を識別してもらう記号」を相手に与えるって事だよね。「てるくはのる」じゃないけど。

 匿名掲示板(2chのような「空白掲示板」じゃなくて)で忌み嫌われる行為として「成り済まし」、つまり、他のアクティブな人のハンドルを使って、勝手に書き込むって言う行為があるけど、あれがなんで嫌われるかというと、あれによって「その人の考え方」とか「行動」に対しての不信が生まれてしまうからでしょ。  その人と話してるつもりが別の人でした、もしくはその可能性があります。なんて事になったら、話が成立しなくなるから、成り済ましは禁止なんだよ。
 ところが空白というのは、「識別のための記号たるハンドル」を記入しない。つまりは、自分で成り済まされる事を肯定しちゃってる。その情況でいくら「話をしよう」なんて言っても、誰もやらないよね。だって、その話し相手は、何人もいる空白の中から自分と話している空白を常に認識してなきゃいけないんだから。上にもかいたように本人は自分の発言がわかるけど、相手はその発言を認識できない。つまり、それだけの迷惑を相手にかけているって事だ。
 ただでさえ「自分の考えを相手に伝える」という行為は難しくて、一字一句吟味しなければならない、非常にデリケートものなのに、たった数文字のハンドル記入をケチってぐちゃぐちゃにする神経ってのは、俺はまったくわからないし、そういう神経の人間と討論なんかしても、絶対にロクな結果にならない。

 だから俺は河上掲示板にこう書いたんだよ。

「私はこういう大切な問題を固ハンを使わずに空白で話をしようとする精神構造が理解できません」

 って。
 だいたい、こんな短い文章だって「固ハン」なんて単語を使ってしまったばかりに「大切な問題に固定ハンドルを使わないのが理解出来ない」なんて読まれ方をしちゃったんだよね。
 それを考えれば、空白を使うことによってどれだけ自分の考えが伝わらなくなるかなんてのは容易に想像できるはずだ。それに気づかないような人間が、デリケートな討論をできると思う?思わないよね。

 というわけで「空白で討論」なんていう考え方は非常にナンセンスなんです。

00/10/11

どうにもこうにも「守る会」


 日記内検索のCGIがちゃんと動作しなくなっていたので、修正。原因はSSIを使うためにファイルの拡張子をhtmlからshtmlに変えたところ、CGI内でshtmlに対応していなかったため。
 こうやって書くと複雑な改造をしたみたいに読めるけど、実際は「shtmlという拡張子も検索してね」と一行書き加えただけです。

 なんか久しぶりに「子どもを自分たちの好きなように洗脳する会」のサイト(名称違うんだっけ?覚えてねぇよ)をみたら、こんなことが書かれてて、大笑いだったんでご報告。
9月22日に発表された「教育改革国民会議」中間報告にて私たちの会の主張とほぼ同じ内容が報告されました。

○教育改革国民会議の中間報告(2人間性豊かな日本人を育成する)
有害情報等から子どもを守る

◎有害情報等から子どもを守る  IT社会の進展に伴って、子どもたちが大量の情報にさらされるようになった。そのことは、学習の機会を提供するとともに、弊害ももたらす。「言論の自由」と同時に「子どもを健やかに育むこと」の大切さは、あらゆる情報産業関係者に自覚されるべきであり、ポルノや暴力、いやがらせや犯罪行為を意図的に助長する情報などから子どもたちを守る仕組みが必要である。
(1)複数のNPOや研究グループなどの民間団体が、自主的に有害情報等をチェックする。その方針を公開して情報のフィルタリングを実施する。国はそのようなシステムの開発や運用を促進し支援する。
(2)保護者団体などが、有害情報を含む番組などのスポンサーとなっている企業へ働きかける。こうした取組を実施するための支援策の形成と法整備を進める。
 よりにもよって、あの茶番会議から引用してくるセンスも最悪なんだけど、それよりも何よりもこの提言はちゃんと「その方針を公開して」って書いてある。
 でもさ、「有害サイトの基準を公開しろ」と言ったら「私たちが公開しようとしているサーバーは最初は真っ白な(なにもデータのない)ものです」とか「そのときであっても事務局の意見とかはありません。あくまでも個人、個人の考えです」などと自分たちの考えを口に出すことから逃げていた団体が、なんで「私たちの会の主張とほぼ同じ」なんて言えるんでしょうか?言ってることとやってることが違うじゃん。

 まぁ、今だに自分たちが何をやってるかがわかってないようです。
 ちなみに掲示板は7月の崎山さんの書き込み以来、放置プレイになってます。だから、方針は?

00/10/10

右翼の論理


 ここ1ヶ月くらい、宮崎哲弥の「身捨つるほどの祖国はありや」を読んでるんだけど、さすがに頭のいい人だけあって、うなずけたり考えさせられたりすることがたくさん書かれてて面白いんだけど、けれどもやはり右翼のクセというか、最初っからある種の決めつけの中で書いてあるような部分も見受けられるんだよね。
 これは山形浩生の宮崎哲弥評(しかも別の本だ)だけど、俺もやはり「共同体を大前提として」モノを言っている部分がかなり気になる。
 俺が気になったのが、この中に「「中絶の自由」は女の自己決定権ではない」という章があって「女性のみでの中絶決定権」に反対していて、それはよく分かるんだけど、ここで問題なのは、じゃあ中絶以前に「女性が子供を生まない権利ってのはあるのか?」って事だよね。
 宮崎は
 刑法からの堕胎罪の削除にも私は反対である。むしろ改正が望ましい。現行法では、人夫の側のみが処罰の対象となっており著しく公平を欠く。中絶は本来性交を行なった男女双方の罪であり、妊婦のみならず、妊娠させた男の側の責任も等しく問うかたちに書き換えられるべきだ。そうしたうえで、やむを得ざる中絶については、違法性を阻却すればよいのである。なお強姦等によって強制的に妊娠させられた場合には、もちろん男のみを処罰の対象とすべきである。
 というが、そもそも「レイプ」という事をされた場合に警察に訴えられないといった場合にも「女性の罪」になってしまうのだが、それを「言わないのが悪い」で済ますことができるのか?とか。
 さらに、夫からの「家庭内レイプ」などの事例についてはどうなるのか?とか。また、身近な人の「子供はまだなの?」といった言葉は罪になるのか?とか。そもそも「子供を生む」というのが結婚時の契約に含まれてしまうのか?とか。
 最初のレイプは別としても、その後の項目、要は「共同体の中で強要される出産」という問題をどう捕らえるかという点において、まったく考察を欠いているのである。
 もちろん右翼の宮崎にとっては「結婚したら、当然子供は生むべき」なのだろうが、そもそもフェミニズム運動というのが、そういった抑圧の中で生まれたカウンターであることを忘れてはならない。

 つまりは、山形の言うように
 発想はわかる。でも、それは無理だ。みんなそれはいやだと言ってるんだもの。倫理や道徳でいくら脅したって、悪いけど家族はめんどうだ。共同体のしがらみは息苦しい。
 ということだ。
 そう、宮崎の言うようなことに「無理があった」からこそ、フェミニズムが支持されるのである。

00/10/07(追記分)

自称モデラー様への手紙


「ドキュン」ねぇ。自分の嫌いな思想(多分「アカ」。でも明確な定義を持っているとも思えないけど……)を持っている人間に対しての、そういう悪口の書き方もあるんだなぁ、と、感心する。
 あと、他人がでてこないから「友達がいない」という捕らえ方もどうかと。別に日記と言ったって、何も日常の全てを書かなければならないって事もないんだから。
 あと「文章の魅力」ってのは、人それぞれです。世の中には「あかほりさとる」の文章に魅力を感じる人だって、いるわけだから。ちなみに君がこういう、盛り上げも盛り下げもなく、淡々と書き進めるタイプの文章を読み慣れてないって事はよく分かります。つーか、文字の色を変えたりサイズを変えるのは盛り上げなんですか?
 ちなみに、自分自身が書いていることに何を言われても構わないけど、掲示板に書き込みしている人に対して「奴」呼ばわりだけは許せない。その人間の批判のために、周りを貶めるというのは最低の行為です。

 と、こんなもんでいいかな。
 まぁ、君がこっちの掲示板に書き込んでくれるの、つーか、君が来てくれるの待ってるにょ(ワラ)

00/10/07

サイト改造もひとまず終了


 掲示板での佐藤さんの勧めにより、SSIを使って、リストファイルをインクルードしてみました。
 つーか、たった一行書けばいいし、非常に簡単。
 さらにはインデックスファイルの更新日時の方もファイル更新日時を自動的に取り込むようにしました。
 今まではこれを毎日書いてたんだよな。

 うむ。

00/10/06

サイト移転作業、ひとまず終了


 というわけで、皆さまご存じの通り、サイトを移転しました。

 で、サイト移転と同時に、サイト自体もいろいろといじってしまおうということで、いちばん大きな変更点として、日記をフレームにしました。すぐに読書ノートの方もフレームにします。
 実はヨブはフレームが嫌いなんですが、それだと過去の日記との連携ができないんで、仕方なくフレームにしました。(全ファイルに「過去の日記はこちら」というインデックスへのリンクを張る方法も考えたけど、なるべくクリック数を減らしたいのでパス)
 どっかに、htmlファイルの中に、別のhtmlファイルをサブルーチンのように入れ込む方法はないでしょうか?それが一番理想的なんですが……。
 あと、日記といえば日記内検索を装備しました。これは自分が「そういえばこんなの書いたよなー」というのを調べるのが主な用途です。
 あとは、今までは外部の無料サービスを使って行なっていたアクセス解析を自分のところのCGIで動かすことにしました。

 で、この辺まではパーミッションの変更が面倒くさいだけで疲れもしなかったんだけど、一番問題だったのが実はアクセスカウンターの設置。
 本当なら、こんなもんは難しい事もなんにもないんですよ。
 でもこれが面倒だったというのも、多分ほとんどの方はIEやNNを使っているんでわからないでしょうが、実は私が使ってる「iCab」というブラウザではCGIによっては、アクセスカウンターが正しく表示されないって事があるんですよ。しかも、大半のブラウザで。なので、iCabでも正しく表示されるカウンターを探すのに一苦労でした。
 さらに、たまたま見つかったブラウザが画像連結対応だったので「Fly」とかを組み込まねばならなかったし、んでもって、その「Fly」がgz.tarで圧縮されていたために、tarの解凍ツール(「suntar」)も落としてこなきゃならなかったしで、必要以上に疲れました。telnetが使えればサーバー側で解凍できたんだけど、visサーバーがまだ使用期間なんで、telnetが使えないんだよね。

 まぁ、そんなわけです。

00/10/05

ITが日本発だって?とんでもない!


 さて、早速ではあるが、石原慎太郎のITのわかってなさを検証する。
 検証するのは「高橋尚子万歳」というエロジジイの視点満載の「日本よ」の連載での以下の一文である。
 今大はやりのITシステムも、人間の未来を左右しかねないヒトゲノムももとは日本人が発想発見したものなのに、外国が横からそれに着目し、国家の戦略にいち早く組み込んでしまうという皮肉を悟り直さなくてはなるまいに。
 多分ここで裕次郎の兄が「ITシステムも(中略)もとは日本人が発想発見したもの」といっているのは、多分「米国の情報ハイウェイ構想は日本のキャプテンシステムに刺激を受けたものだ」という事をもって言っているのであろうが、ハッキリ言ってアメリカでキャプテンシステムを再現したところで、フランスのミニテルレベルの普及が関の山だっただろう。
 なぜなら、こうしたビデオテックスの構想は「電話番号検索」から派生したものであり、店舗検索以上の発展性がないからである。

 じゃあ「日本のキャプテンシステム」と「アメリカの情報ハイウェイ構想」のどこに差があったのか。
 それは前者で繋がったのが「閉鎖的システムの専用端末」であり、後者で繋がったのが「開放的システムの汎用端末」であったという部分である。
 つまり、前者はシステムに組み込まれた範囲でしか拡張できないのに対し、後者はシステム自体を拡張することができた。拡張性があったからこそ、sendmallやftpやtelnet、そしてWWWが生まれたのだ。
 しかも、これらのキラーアプリを生み出したのは行政の誰々さんではなくて、学生やハッカーなどの名前も知られていない人々である。これらの人たちが発想発見し、なおかつそれを「共有(シェア)」したということが現在のインターネット発展に寄与……いや、それが全てだといっても、過言ではない。その点においてはあくまでも「情報ハイウェイ構想」というのは、呼び水に過ぎなかった。
 結局、キャプテンと情報ハイウェイではその思想がまったく違う。日本のようなトップダウン思想や企業体的思想しかできない国にシステムだけを普及させたところで、どうにもならない。

 では、インターネットをここまで発展させた「思想」とは具体的に何か?
 それは「シェア(共有)という思想」に他ならない。石原慎太郎の上記の発言はそこがわかってないからこそ、出てきた発言だ。
 もっとも、これは今のIT産業そのものにもいえるのであって、ITがどうたら言っている企業の戦略は、そのほとんどが単にインターネットのリソースを食いつぶすだけの代物である。もっとも、日本企業がリソースを生み出したとして、それは間違いなく企業の専有物としてしか扱われないのだけど。

 結局、シェアという思想がわからないからこそ「日本人が発想発見したものなのに、外国が横からそれに着目……」などと「外国に横取りされた」なんて考え方になるのである。横取りも何も、リードした部分をシェアする発想で行けば「リードによる政治的優位」という発想自体が生まれないのだ。なぜなら、リードした部分もシェアするんだから。

 しょせん、慎太郎は50過ぎたオッサンである。新しいことは何にもわからないのだ。

00/10/04

高橋尚子とオジサン


「遊星より愛をこめて」

 お台場どっと混む?

 ところで、シドニーだけど、なんか女性のメダル率が高いというだけで「女性の時代」などと吹聴するバカ新聞社どもが多くて、やっぱり日本は「メダル基地外を中心とした神の国」なんだなということを実感している今日この頃なのですが、あの「高橋尚子と小出監督」というのは、世間の親父達からすると、こりゃ最高のSEXシンボルって感じですね。
 というのも「小出監督と高橋尚子」というのが、ちょうど「オジサンと若い娘」という、古来のSEXの構図そのものなんだよね。つまり、オジサンは「社会的地位を持つもの」であって、そうしたオジサンは古来から若い女を抱いてきたものだった。つまり、オジサンにとっての「若い娘」というのはステイタスシンボルというわけだ。
 結局、新聞社の編集長をやっているようなおっさん連中が称賛しているのは実は高橋尚子ではなくて、小出監督なんだよね。「女の時代」などというアジテーションは「それを支配するオジサン」という真意を隠すためのヴェールというわけ。
 で、実際シドニーの会期中も彼らは「男は情けない」と言い続けてきたわけでしょ。なんでメダルを取れないのかと。これだって理由は簡単。「自分たちが社会の中心のはずなのに、隅に追いやられている」という被害妄想を持ったオジサン達が、ここぞとばかりに反撃してるだけなんだよね。誰に?メダルを取れない「若い男」にだよ。
 ただ、オジサン達の反撃としては単に「ヤワラちゃん」などの「若い女が勝つ」だけでは「オジサンそのものの権限」は示せない。そんな時に現れたのが「小出監督」というオジサンを擁した高橋尚子だったわけ。

 千葉すずの騒動に始まり、ヤワラちゃんの金メダルが端に追いやられ、高橋尚子で終わったシドニーオリンピック。それはつまり、
 オジサンに楯突くものを追い払い、女そのものの力を無視し、オジサンの保護下での「女の力」を誇示した、オジサン達のためのオリンピックだったということです。

 ちなみに、開会式でサンスポにしゃしゃり出た慎ちゃんですが、閉会式では産経本紙に「日本よ」などという押し付けがましいタイトルの連載をあててきました。
 そして、その内容はこんな文章で始まります。
 高橋尚子さん、小出監督、ありがとう、本当にありがとう!
 もちろんこのあとに「(オジサンの力を見せ付けてくれて)」という本音が隠れていることは、言うまでもありませんね。

P.S. ちなみに、この時の慎ちゃんの文章の中に「慎太郎、ITをまったくわかってない」というような文章が出てくるので、この辺も後日書きます。

00/10/01

まさかここまでとは……


 さて、ミリオネっちゃった「クイズ タイムショック」がプレ放送をしていたので、早速見る。
 そしたらいきなり加賀丈史が「蘇るがよい、アイアンシェーフ」とでも言いそうな出立ち、つーかそのまんま。
 そして本編。
 加賀が出てくるだけあって「料理の鉄人」のようにゴージャスな感じで放送するのかな?賞金も1,000万と豪華だしな。と思いきや、いきなり出てきた司会が「中山ヒデ」と「新山千春」。

 安い。
 あまりにも安い。

 だってさ「現実感」がないじゃない。
 我々が人を見る時に「この人の経済状態はどんなもんだろう」と考えると、だいたいわかるでしょ。
 で、これをとりあえず「この人たちだったら、このくらいくれるんじゃないか?」という基準で考えてみる。

 例えば「しあわせ家族計画」だと、古舘と和田アキ子二人足して300万円でしょ。これならまぁまぁ現実感がある。うまくすれば500万くらいはくれそうだ。
 クイズで言えば昔、テレビ東京でラサール石井が司会のやつがあって、これが1週勝ち抜き100万円で、最高10週1,000万円という番組だったんだけど、1週100万だったら、ラサールでも平気だろう。
 ところでミリオネアはみのもんたで1000万だけど、これはちょっと外れすぎている。みのだったらやっぱり「主婦の考える大金基準」で100万円……おまけで150万がやっとだろう。

 で、タイムショック。
 ヒデと新山が「お金をあげます」といって、我々はいくらを想像するだろうか?
 せいぜい50万だよな。

 これが、加賀丈史があの主宰チックな衣装で司会をやって「賞金1,000万」だったら、あり得るような気がする(但し、加賀が200万、衣装が800万だが)。
 しかし、50万にしか見えないやつが「賞金1,000万」などといっても、我々が感じるのは「このリストの人たちに1,000円ずつ送るだけで、あなたにも大金が……」というメールに感じるものと同じ「うさんくささ」ではないだろうか?


 ちなみに番組自体の内容も言わずもがな。
 プレ放送から終末間が漂うこの番組。さぁ、1クール持つのか?

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