9月(下旬)の日記。


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(「f」は上旬「l」は下旬です)

ご意見ご感想はメール、もしくは掲示板までよろしくお願いします。

著書、絶賛発売中:『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)

00/09/30(追記分)

文章構成力とは


「電波さん」こと、産経新聞を読んでいたら「産経抄」が目にとまった。
 人の政治的立場を右と左、あるいは右翼、左翼と分けるのは、フランス革命のときの議会の議席構成からきている。ジャコバン党など急進派が左側に、保守派が右側に座ったからなのだという。

 ▼日本では戦後、保守と革新との対立が激しくなるにつれ、相手を攻撃するのに「右」とか「左」とかがよく使われるようになった。「あいつは右だ」といったひと言でKOできる便利な言葉だったのである。エスカレートすると「極左」「極右」といった言い方もあった。

 ▼もとより、政治的姿勢は右とか左とかの一言でひっくるめられるようなものではない。右と左の概念もあいまいで、自分で「右」とか「左」と名乗る人はあまりいない。むしろ、気に入らない人間を排除するためのレッテル張りと言ってもよかった。

 ▼シドニー五輪を機に「偏狭なナショナリズム」といった言い方が一部のマスコミなどでされるようになった。高橋尚子選手らの金メダルに感激するのは健全なナショナリズムだが、これに乗じて政治的に他国に負けまいとするのは偏狭なナショナリズムだというのである。

 ▼しかし、右と左と同様、ナショナリズムも、そう簡単に健全と偏狭に仕分けできるものではない。どうしてスポーツで日本選手を応援するのはよくて、政治の分野で日本を応援してはいけないのか。ナショナリズムそのものを否定したいためのレッテル張りに思えてならない。

 ▼人はパンのみで生きるのではない。さまざまな感情や思いによっても生きている。日本人だってそうだが、ナショナリズムでも生きるのだ。オリンピックは、そのことを教えてくれた。偏狭だのと言う前にその事実を認めることだ。
 さて、俺も「右や左」というのはレッテル張りに過ぎないとと思う。少なくとも「人はパンのみで生きるのではない。さまざまな感情や思いによっても生きている」というところまでは同感だ、しかし「人はパンのみで生きるのではない」と書いたあとに「日本人だってそうだが、ナショナリズムでも生きるのだ」という文章の構成はどうか?
 前文が「人は○○のみで生きるのでは「ない」」という構成なのだから、当然その後も同様に「ない」で〆るのが普通である。
 もちろん「ナショナリズム「でも」生きるのだ」としているのだから間違ってはないのだが、やはり文章構成としては大変分かりずらく失格である。実際俺も最初は「ナショナリズム「で」生きるのだ」と読み間違えた。
 ていうか、「人はパンのみで生きるのではない」などという言葉を持ち出した時点で大間違いだ。次に来るものを肯定したいのだったら、当然肯定の言葉を先に持ってこなければならない。

 まぁ、ナショナリズムに対する偏見を嘆く以前に、産経は自分のところの記者の文章構成力を嘆いたらどうか。と忠告しておく。

00/09/30

アクセスの多いサイトって


 リンクは張らないけど、MSN辺りで「新座市のオウム信者の受け容れという判断をどう思うか」なんてのがやってて、その中で「友達が後遺症に悩まされている」なんてのが書いてあったりしたけど、後遺症といえばいつだったか「地下鉄サリンの後遺症のトップは肩コリ」などという爆笑モノの報道があって以来、そんなもんに全然同情を感じないんですが、もしそれが精神的に「地下鉄に乗ると怖い」とかいうものであったとしても、その責任がどこまでオウムにあるんでしょうか?
 じゃあ、例えば「昔、犬に噛まれて以来、犬が怖い」にしたって、じゃあ犬を飼っている家の子供を就学拒否するかといえばそんなこともないわけ。
 もうちょっと広くして、これを「雪印の牛乳で食中毒になって、それ以来牛乳が飲めない」としたって、雪印に勤めてる人の子供を就学拒否するかというと、そうでもないわけでしょ。
 じゃあ、サリンよりも広げて「チッソの子供」はどうよ。就学拒否する?しないでしょ。

 つまりさ、犬は別としても、「雪印」や「チッソ」そして「オウム」。責められるべきは「その組織自体」であって、その中の個人ではないというのが普通の考え方なんだよ。


 さて、今日はここからが本題。
 ぶっちゃけた話「夜のシマネコ」はアクセスが少ない。
 どのくらいかというと、せいぜい一日に60アクセスくらいである。
 しかも希望的観測で。

 ところで、世の中には多数のアクセス数を稼ぐサイトもある。
 例えば「日刊ナナメ読み新聞」とか「こんなメディアでした」とか。
 このどちらもが「メディア」を扱ったページなんだが、実際中身の方は別にたいしたことが書いてあるわけではない。ただ、彼らの視点をおもしろおかしく書いてあるだけである。

 例えば「こんなメディアでした」のこの文章の真ん中からちょいと下辺りの
例えば、『デジタルスタジアム』のゲストとして登場した明和電機の土佐副社長など、

「”クチュ”の感じが大事です」(←なんだそりゃ)などと力説し、私を大いに楽しませてくれた。



だが、それは私がCG制作などしない部外者だからこそ無責任に楽しめたのであって、きっと投稿者たちは、

「そうか、”クチュ”が大事なんだ! ”クチュ”こそがクリエイティブなんだ! オレはどうやったら”クチュ”に近づけるだろうか!?」と真剣に受け止めてしまったんじゃなかろうか。
 の節回しなんか、俺だったら「明和電機の土佐副社長が、「クチュ」という表現で「シズル感」の大切さを強調してましたが……」で終わってしまうのである。
 多分俺がこの内容を書くとすれば、せいぜい15行で終わってしまう。

 もっとも、その理由は俺が「書くべきことを書いて」いて、彼らが「単に面白く書いている」ということからであるのはわかっている。というか、社会問題はこういう書き方をするしかないのだ。そうでなければ、何百行もの文章を書かなければならなくなる。社会問題はあまりにも書くべきことが多すぎる。

 しかし、そうした「書き方」の違いがどうしてもアクセス数に反映してくる。
 おもしろおかしく、ストレスレスの文章と、あんまり面白くなくて、ストレス大の文章だったら、俺だって前者の方を選ぶ。俺だって愛読者なんだから。

 ……。よくよく考えれば、このサイトの日記というのは一年前辺りまでは「自分と生と死」という暗いテーマであり、それ以降も「社会問題」というふうに、一貫して華のないテーマを扱っていて、まぁ、それは自分の好きでやってるんだけど、それでもやはりアクセス数の少なさをみるに、ちょっと寂しい。

 ううむ。困った。

 いや、別に困ってはいないが、なんか困る。

00/09/29(追記分)

遅ればせながら坂井三郎氏死去


 いつの間にか撃墜王坂井三郎氏が御亡くなりになられていたようで。
 坂井氏は本当に個人として国を愛し、個人として国のために戦った人でした。そして、それを他者に押し付けようとはしなかったわけです。
 だから「神風特攻」や「国のために死ぬ」などという概念を非常にバカにしてました。当然、教育勅語だって関係ありません。
 そんな坂井氏の愛国の形がよく分かるのが以下の一文。
坂井 はい! それが1つの感激ですよ、人生のね。私たちはね、支那事変に初陣するときも、太平洋戦争に出掛ける時も、体当たりに行くときもね、「天皇陛下万歳!」なんて考えたことないですよ。

前田 ああ。

坂井 会ったことのない人間のこと考えますか? 人間が。常に私たちは自分が海軍に入るときは「郷土の誉れ」としてね、郷土の人たちがナケナシの金を出し合わせて幟を作ってくれて、駅まで全員で送ってくれた、この感激。いよいよ戦争になったら、自分の家はもちろんのこと、郷土を外敵に侵させてたまるか! と。それに立ち向かうのは俺なんだ! というその気持ちです。親兄弟親類縁者、村の人たち、これを俺が守るんだ、というね。そのためには死んでもオレのプライドが許さんというね。(以下略)

(ワニマガジン社 「紙の前田日明」156ページより)
 つまり、坂井氏は「天皇陛下」や「大日本帝国」などという抽象概念のために戦ったのではなく、郷土という実態、すなわち「Country」のために己のプライドをかけて戦ったということです。
 だから、読者さんの日記に書かれていたように「教育勅語?あんなもんは意味ありません」というのも、当然なわけです。
 こういう人だから宮崎の親分が「ホンマの男やったで」というのもナットクの話。

 これがよしりんやその他の短絡ウヨク辺りにかかると「単なる愛国者」として十羽ひと絡げにされてしまうんですけどね。

00/09/29

いろいろ


 取りあえず無料ページに移転した直後にアレだけど、本移転はFASネットになる予定。
 つーか、元々無料スペースは使いたくなかったし。
 本当は年間3,000円くらいがいいんだけど、まぁ月500円ならいいところかなと。サブドメインも設定できるし。


 在日外国人の地方参政権。
 自民党内部は反対多数。そりゃそうだ、票につながんないもん。
 公明党は賛成多数。そりゃそうだ、票になるもん。
 結局「根本的な問題」って、票になるかならないかでしょ。
「憲法違反だ」なんて言ってる議員もいるらしいけど、オウム特別法や盗聴法通しておいて、そんなこと言われてもねぇ。


 老人を介護してる場合じゃないってさ。


 森君もホッと一息と言ったところ。
 って、自分にかけられた嫌疑が晴らされてないって事に気づいてないのか?
 なんかよしりんみたいだね。

 よしりんといえば新ゴー宣の9巻がでてました。
 もちろん今だに著作権など何一つ理解してませんし、父親が社会であるなどということをしれっと言うあたり、笑いのツボは外してませんなぁ。ていうか、父親が社会というなら、子供を学校に行かせずに強制労働させても社会通念上OKって事ですな。
 ほんとに自分が何を言っているのかがわかっていない、いつもの愛すべきよしりんでした。


 んでは。

00/09/27(追記分)

ううむ……


 「参政権」という物に、リアリティが無くなってるのはアメリカも同じらしい。


 とっても電波な動物愛護者達。
 動物の個体を尊重するなんて気持ちはなくって、完全に「モノ」扱い。

 ところでマイクロチップ導入のメリットとして、こんなことが挙げられてますが、
・不正な手段で入手した動物を実験に使えなくなる。
・純血種の不正な繁殖や血統書の偽造を防止し、犬種の健全な発展にもなる。
・虐待動物の経緯を調査して再発を防止する事ができる。
 って、いったいなんのギャグですか?「マイクロチップ埋め込み」自体が動物実験(先にペット用として普及させることによって、人間に悪影響がないかのチェックもできるんですよー)であり、虐待であるということが分かってないのか?
 「犬種の健全な発展」って何?血統書のための純血種なる概念自体が不健全だって事もわかってないのか?

 いったい「動物愛護」って、何を愛護してるんですか?ヨブはまったくわからないので教えてください。


 シンクロのデュエットで日本チームが銀を取ったのはいいが、なんでその演技ばっかりをリプレイするんだ?ロシアの演技をみたかったのに。これだから日本のオリンピック中継はダメなんだよ。

 カレリン負ける。相手はよりによってアメ公だよ。……。

00/09/27

偽ニセ首相官邸


 すでにご存知のことと思うが、ニセ首相官邸より、よっぽど偽物っぽい首相官邸
・団地、マンション等に「床の間」を作る
・遠足でバスを使わせない、お寺で3〜5時間座らせる等の「我慢の教育」をする
・歴史教育を重視する
・学校に畳の部屋を作る
・有害情報、玩具等へのNPOなどによるチェック、法令による規制
・簡素な宿舎で約2週間共同生活を行い肉体労働をする
・満18歳で全ての国民に1年ないし2年間の奉仕活動を義務づける
・子どもを厳しく「飼い馴らす」必要があることを国民にアピールして覚悟してもらう
・「ここで時代が変わった」「変わらないと日本が滅びる」というようなことをアナウンスし、ショック療法を行う
・家庭教育について対話できる土壌をつくるため、企業やテレビと協力して古来の諺などを呼びかける
・一定レベルの家庭教育がなされていない子どもの就学を保留扱いする
・警察OBを学校に常駐させる
・文部省、マスコミが1、2週間程度学校で過ごす
・名刺に信念を書くなど、大人一人一人が座右の銘、信念を明示する
・教育基本法を改正を提起し、従来の惰性的気風を打ち破るための社会的ショック療法とする
・マスコミと協力したキャンペーンを行う
 まぁ、ざっと見ただけで思惑見え見えで面白いんですが、ヨブ的に究極的なのはこれ。
・バーチャル・リアリティは悪であるということをハッキリと言う
 悪っすよ。バーチャル・リアリティは悪。
 だったら、現在の貨幣制度も金貨銀貨にしなきゃいけないね。もちろん銀行のATMなんかもデータ上のお金のやり取りだから閉鎖ですよ。現物現金主義、故・宮地社長もビックリ。
 失業対策も万全。ちょっと他の企業に仕事を頼むにも金貨をたっぷり積んだトラックを走らせないといけないし、強奪に対しての警備も万全にしなきゃいけないから、トラック運転手と警備員が多数必要になる。
 もっとも、信用とかもバーチャルな概念だからローンとかも組めなくて、パソコン買うにも家を買うにも現金勝負。というか、そんな状態で現金というものが流通するかも疑問。やっぱり物々交換が基本。
 するてと、食べ物を持つ農家が強いってわけで、農民層を支持基盤に持つ自民党にピッタリの政策だったりするわけだ。
 まぁ、間違いなく国力なんてものは望みようがないけど、ある意味世界の先端に立てる国家になるかもしれません。
 やったね、森っち。

00/09/24

ヨブは在日も嫌いだ


 トルシエジャパン、アメ公に根負け。
 やっぱり普段から牛を丸飲みしている様な連中とは、基礎体力が違うんだろうか。

 まぁ、アメ公の「点数が入れば面白い」なる、あまりにも朴訥なスポーツ感のために本土ではあんまり盛り上がってないサッカーであるから、「認めてもらいたい」というハングリー精神はあったのかも知れない。
 しかし日本だって、エコノミックアニマルを自称するだけあって、ナベツネボールなるカネをばらまいて選手を集めたほうが勝ちというスポーツのために、あんまり盛り上がってないという点では一緒であり(金かけてた頃は盛り上がってたけど)、やはり精神ではなく体力で負けたとしか思えないわけです。
 つーか、よりによってアメ公に負けるか。
 まぁ、いいや、この仇はウナギ食ってる無敵艦隊にとってもらうこととしよう。

 別に日本が負けたことは悲しくない。勝ったら勝ったで嬉しいし、負けたら負けたでそれもそれである。
 ただ、日本が負けてしまって、小田嶋さんの日記がまた更新されなくなってしまうだろうことがちょっと寂しいけど。


 昨日の日記で「ウヨクが嫌い」と書きましたけど、よくよく考えたら、それと同様の理由で「在日という「集団」」も嫌いです。つーか、民族主義なるものを認めることなどできない。
 民族主義なるものは結局「自分たちマジョリティをもって是とする」主義であり、「是とする」には「否を明確にする」しかないのだから、つまり民族主義というのは「自分たちでないマイノリティを否定する」主義なのである。一応リベラリストに属する俺としては、とても認めることができない。

 例を上げるならば、半月城通信のページであるが、ここの下の方(一番下のちょっと上)に在日2世を4つに分類している個所がある。
 読めば分かると思うが「帰化」というものを「逃げである」と定義していることが分かる。
 また、3番には「帰化」という単語が使われてないが、ここの最初に「帰化しているしていないに関わらず」という1文を入れることができないところに、民族主義の根本的欠陥が現れている。
 もちろん日本人によるイジメや差別で、在日の人たちが苦しんでいるのは分かる。しかし、自分たちが差別を受けていることと、自分たちが帰化した、もしくは帰化しようと考えている人たちを差別することは別である。

 結局のところ、こうした「自分たちマジョリティを是」とする民族主義というのは、異なった立場の人間からは奇異にしか見えない。当然日本人からもそう見えるのは当たり前だろう。そして、その変な人たちに選挙権を与えたくないウヨクの信条もよく分かる(皮肉込みで)。
 確かに戦争時にさまざまな事情によって、日本に住んでしまい、切り離されてしまった人達の心情は察するにあまりあるが、2世以降の場合は戦争などは理由にならない。日本に生まれてきた韓国の親をもったものとして、どう生きていくのかが重要であり、それをどのように自分の中で整合性を取っていくかが必要であるのであって、そういった大切のものを強引にひとつの方向にねじ曲げる民族主義などに「社会」を考えるつもりなどは最初からないんだろう。


 というのが、在日韓国人の地方参政権を「ナンセンス」とする理屈。

 しかし、石川の2区を見れば森喜郎が当選してたり、群馬の5区を見れば小渕さんちの優子ちゃんが当選してしまうような「参政権」なるものが、そんなに重要なのか?と思う事も然り。
 在日に参政権をやってもロクな事に使わないかもしれないが、そもそも日本人自体が参政権をロクな事に使っていない。
「主権の危機」でも何でもいいが、それ以前に主権をもっと大切に扱って欲しいものである。

P.S.
 最後に。
 俺が嫌いなのは「在日という「集団」」であって、韓国を愛する人という個体は尊重するので念のため。

00/09/23

だからヨブはウヨクが嫌いだ


Macお宝鑑定団 より
●MacCentralによれば、パブリックリレーションズ役員であるKevin Pedraja氏が購入したPowerMac G4 Cubeに亀裂が入っていて、この事に関してAppleに問い合わせたが返事が貰えず、Wall Street Journalによれば、Pedraja氏はSteve Jobs氏に秘密をメディアにぶちまける(Spill the bean)と、おどすきつい調子の書面をファックスで送付した。書面は直ちに何らかの対応がなさ れる事を促していた。Appleのexecutive-relations teamは直ちにPedraja氏のキューブを新品に交換することを氏にオファーしたと伝えていました。その後Steve Jobs氏からも電話を貰い、謝罪こそしなかったもの、その受け答えは誠実であったと話したとつたえていました。この事に、アップル広報担当が困惑しつつも、不思議ではない話しだとコメントを出したことも合せて伝えていました。
 ネット上での100人の抗議よりは、1人でも直接攻撃が基本。


 在日外国人の参政権問題において、産経新聞などを始めとして、多数の「カタカナウヨク」が自分たちに都合のいい言論を繰り返している。

 だいたいさ、自分たちは「愛国者」を名乗りながら、在日の人たちの愛国心をまったく理解しようとしない。
 もし俺が在日だったら……と考えると、なかなか帰化には踏み切れないだろう。
 それはもちろん「祖国」である韓国を愛しているからだし、それと同時に「自分が生まれ、育った国」である日本を愛しているからであり、ウヨクが「帰化するなら韓国人としての心を捨てよ」などというふざけた事を言い続け、それを身近に感じてしまうのなら、とてもじゃないが帰化はできない。「韓国」と「日本」を両天秤にかけることなど、真の愛国者にとってはできないに決まっている。

「国籍」の解釈だって、いい加減である。
 我々がたまたま日本国籍を持っているというだけの事を「日本の国籍をとり、日本国民として生きていこう、という意思表示である」などと解釈し、さらには「日の丸を尊重し、国家を愛唱する心を持たねばならない」などと言いたれる。
 しかし、少なくとも基本的に日本人は国籍の選択権を持っていないし、自分が日本国民たる意思表示などを求められたこともない。
 ハッキリ言えば、俺が国籍選択権を持っているとしたら、こんな国とはとっととおさらばしたい。
 しかし、選択権はないのだ。その上で「日本人に生まれたのだから、日本の歴史や文化を継承する心を持たなければならない」とするのがウヨクの言い様だが、そのような考えは容易に出自に対する選民的思想にたどり着く。

 出自など意味がないのだ。
 出自とは人がたまたまそこに生まれただけの事に過ぎない。
 そんなところに「しか」アンデンティティを求められないウヨクは致命的に弱い。
 弱いから、他者を認知することができない。他者の存在を許すことができないのである。
 つまりは「卑小」なのだ。
 ヨブはそんなウヨクが大っ嫌いです。


 最後に、私自身は「在日外国人の参政権」には反対である。理由はナンセンスだから。

 私は是非とも在日の方には、生きる糧として日本人を選択してもらって、「韓国に連なる自分」と「日本人である自分」を共に大切にしてもらったうえで、選挙に参加してもらいたいと思ってます。
 そして、日本人が彼らに対して行なうべきは、その「日韓両者に尊敬を持つという考え方」に対し、それを認める事なのです。

00/09/22

シンナーって


 G4 CUBE被害者の会。
 APPLE JAPANも、ユーザーには突き上げられるわ、本家には文句言えないわで大変だよなぁ。しかしそれが飯の種なんだから、同情はしません。
 ところでこの件、アメリカの方ではどうなってるんだろう。


 asahi.comより転載
「髪染め、シンナー遊びの若者は投票ダメ」記者に亀井氏

 自民党の亀井静香政調会長は21日、森喜朗首相が6月の総選挙前に「(有権者が)寝ててくれれば」と発言したことについて「髪を真っ赤に染めて、朝まで六本木でシンナー吸って遊んでいる若い連中が、遊び半分で投票しちゃいかんよ、政治をまじめに考えて投票しろということを、ああいう言い方で言ったんだろう」と説明した。

 自民党本部で記者団に語った。髪を染めたり、シンナーを吸ったりする若者は投票しない方がいい、とも受けとめられる発言で批判も出そうだ。

 亀井氏は、記者団から内閣支持率が低迷していることの感想を問われ、「(マスコミに)あらぬことを言われて下がった面がある。『神の国』発言も『寝てればいい』発言も、今はだれも問題にしない。首相の真意が国民に浸透している」と、マスコミ報道が原因と主張。続けて「髪を真っ赤に」発言が飛び出した。

(22:52)
 わはははは、シンナー(爆笑)
 そういう脳の腐った連中は、40才くらいになると、何も言わないでも自民党に投票してくれるようになる連中だから、むしろ大事にしないとね。


 アンパンマンに「ピカタン」なる雷の坊やが出てきて「ドラムをたたいて嵐を呼んでバイキンマンをやっつける」などという、ウルトラCのプロパガンダを披露。つーか、これはプロパガンダではないのですか?

00/09/21

社会に潜伏し続けるイジメ


 TBSで変な10代の若者ディスカッションみたいなのをやってたな。イジメとかマイノリティとかを話題に。感覚としてはテリー伊藤もいたってことで「そこがヘンだよ」の別バージョンみたいな感じ(つーか、そのまんまか)。
 まぁ、素人ばっかりが「俺実感」ばかりでしゃべってたんで、テリー伊藤が妙に頼もしく、つーか、どうしたってそのレベルを出ないんだけどね。例えば教師に対して「イジメとかをどうにかすべきだ」とかいう前提でしゃべっていて、まさか「教師なんてのは生徒のことに一切首を突っ込むな」なんて意見は出てこない。
 テリー伊藤が「イジメがわかんないなんてのはセンスがないんだからやめちまえ」なんて事を教師にいっていたが、教養学部に通っている「人様に何事かを教える」という事に欺瞞すら感じない連中に、そんなセンスを問うたってしょうがないわけだよ。

 番組内で盛んに「いじめる」という言葉を使って「イジメ」という行為が、何らかの人為的な行為のようにされていたけど、イジメってのは、ある種のマジョリティとマイノリティがあるときに、「多数は正しい、少数は誤り」という謝った社会通念により自然発生的に起るものであって、つまり「イジメをしている」ではなくて「マイノリティを認めるというコンセンサスがその場(学校等)で存在しない」ことが、いじめという状態を発生させているわけ。
 だから、中居君がいくら「おまえいじめてんだろ」なんて、いじめている人間を責めたってしょうがないんですよ。というか、その考え方では「いじめる人間を排除する」というイジメしか発生しないんだから。
 そうではなくて「多数は正しい、少数は誤り」といったコンセンサスを社会的に破棄していくしか、イジメを少なくする手はないんです。

 結局さ、戦後民主主義の中で行われた学校教育(自慰史観の言うところの「戦後民主主義教育」ではないので念のため)の喪失したものって、「社会に連なる私」を認識するための教育ですよ。これがなぜか「受験のための勉強」という、無意味なものにすり替わってしまった。だから学んでる側は「学ぶことの意味」を理解できなくて「よく生きよう」という意志を持てばもつほど、学校化した社会から離脱をせざるを得なくなってくるわけです。

 こういった観点を無視して、大河内君の父親とか出して、お涙ちょうだい的に放送したって、それは「いじめる人間、改心ショー」でしかないんですよ。それを見て視聴者がカタルシスを得るだけの。そして、それの根幹は「いじめる人間というマイノリティをマジョリティである視聴者(善良な一般市民)がやり込める」という、イジメの構図そのものなんです。

00/09/20

ちょっとずつ本質が見えてきたな


 いきなりメールマガジンを送り付けてきた「melma!」が、ガンガンTVCM流してるな(笑)。


「ARTS」「歩む会」の掲示板などを見てみる(思ったより盛り上がっていないことにビックリ)。いまいち、わけの分からん議論ごっこをしている。
 だいたい、
出来の良いアクションゲーム等は長く愛用されますが、
一本道のRPGやADVの場合、早目に解いて売りに出される。

つまり、すぐ売られるのは、ユーザーを長期間満足させる工夫をしていないゲームだということです。
 なんていう、作品としての良否とシステムの話をごちゃ混ぜにした話をしている時点でダメ。そんなことを言ったら、世の中の全ての単方向性のメディアは「ユーザーを長期間満足させる工夫をしていない」事になってしまう。
 というか、そういった議論がわずかでも成立する余地がある時点で、ゲーム業界全体のレベルが低いって事だよね。最初っから「作品の良否」なんて、考えられてもいないという。
(「僕は好き」「これはクソゲーだと思う」なんてのは「作品の良否を考えてる」とは違うので念のため)

 最近「街の古本屋入門」という本を読んだんだけど(感想は「読書ノート」の方に書いてあります)、これを見て感じるに、ゲームの中古ってのは、販売側も利用側も最初っから全てのゲームを「雑本(白っぽい本)」扱いしている。
 つまり、ゲームの中身自体はどうでもよくって、ただ「客買い」(持ち込みを客から買うこと)だから「原価率が安い」ということのみで商売をしているということです。いわば、総ブックオフ状態。
 MLの投稿の方にあったんだけど、新品の原価率は「PSソフトで75%から80%」だそうで、これで返品制度があるわけでもないので、そうとうキツイと。
 最初っから「ゲームの中身を理解」する必要もなく「原価率の低さで商売が成り立つ」なら、「総ブックオフ状態」になるのも理解できるよね。だって、素人商法でいいんだもん。

 ただ、消費者が理解しておかなきゃいけないのは「ゲームの中身が問われていない状態」だからこそ業界全体の地盤沈下が生じていて、今の中古業界というのはその利ザヤで食ってるから、状態の悪化も好転もして欲しくないのが本音なんだよね。
 商工なんちゃらベースの「消費税を3%に戻せ」なんていう話(「補足率の問題隠し」の事)と同じで、小売り側と消費者側を同一視すると、とんでもない事になるので、その辺をお忘れなきように。

00/09/18

ブラジル大問題


 慎ちゃん「武器を売りたい、作りたい」と。本当に「石原慎太郎は「バカな都知事」」だな。そんなに戦争したいなら、どっかの国の外人部隊にでも入ってください。

 さてと。
 トルシエジャパン、スロバキア戦も勝利。ところがなぜかブラジルが負ける。
 というわけで、日本は「ブラジルに勝たないとかなり大変」な情況に。
 しかし、裏を返せば「日本がブラジルに勝つなり引き分ける」ということは、同時に「プラジルがトーナメントを待たずに敗退」という、とんでもない事態になるわけで、監督更迭なんてのは当然で、ヘタすりゃ暴動ものだよな。俺的にはそっちの方が楽しみです。

00/09/16

慎太郎 勝ってこい


 爆笑田中、タマ腫れ。
 きっと2chでは「田中」が張られまくっているのでは?(面倒だから探さないけど)
 しかし、この男。本当に伝説になるよ。
(ちなみにヨブは爆笑が太田プロにいたころから、田中に注目していました)


 UNIQLOでチノパンが2,000円になっていたので、普段使い用に購入。早速履いたらいい感じでフィット。


「ワイルドアームス」クリア。
 つーか、最後の最後まで全てが唐突というか、なんというか。全然気づかないうちに最後の戦いに突入していて、ひょっとして終わり?……と思ったら、その通りだったしね。
 前回分に「お使いRPGとしては秀逸」なんて書いたけど、ほんとに全部がお使いRPGでした。きっと制作側にゲームに対する思想とかそういうものがないんだろうな。ただ、正義の味方が敵を倒すのが当たり前って言う感覚で作っちゃったんだろうな。とすると、このゲームが比較的優秀とされる理由もよく分かる。つまり、どんなバカがやってもストレスがないってところが評価されているわけだ。
 例えばFFとかの場合には、それを賛同するにも否定するにも「ある一定の関わり」を要求される。つまり「自分とゲーム」の関わりを持っていないと、どうしようもないわけだ。
 ところがワイルドアームスの場合はノンストレス。一切そういったことを無視して「お使い」に奔走できる。
 だから、このゲームは自分のスタイルがかいま見える「遊び」ではなく、ただ要求にしたがって行動する「仕事」なのだ。
 このゲームの主人公達は「渡り鳥」と言われる。しかし渡り鳥は一見自由そうではあるが、その実、一定期間に一定の場所にいるのであって、なんかゲームをやっている側が「僕たち不自由な渡り鳥」状態って感じ。


 さて、オリンピックも無事開催。各社新聞も普通誌は社会的に「南北統一旗」に注目し、スポーツ新聞は「○○がんばれ」の文字が踊る。そんな決り切った報道姿勢に「待った」をかけたのが我らが電波、サンケイスポーツ。
 なんと、トップ1面2面の全面が「石原慎太郎インタビュー」なのである。
 主役のはずの日本選手団は、紙面の8分の1の大きさで、申し訳程度。
 ちなみにそのインタビューの内容は、Web上で読めます。転載しようと思ってたんだけど、その手間が省けました。

 ちなみに内容的に言えば、慎ちゃんお約束のプロパガンダ。ていうか、本当は今日の日記でオリンピック開催記念として「「日本がんばれ」というのは、選手達をマスコミを通して見ているが上での「選手に対する応援」であり、国家意識とかそういうものとは違うよ。よしりんや慎ちゃんはそういうところを間違えないようにね」なんて事を書こうと思っていたのが、まさか、このような形で先制パンチを喰らおうとはね。

 しかし、この「オリンピック」という場を「国家、民族の威信」としてしか見ない姿勢というのは、まさしくベルリンオリンピックに挑んだヒトラーそのものだよね。「主体が国家」という生き方は、それを他者に押し付けざるを得ないから、とっても大変ですな(嘲笑)

 さて、我々は気楽にいろんな世界の選手を応援しながら、スポーツを楽しむことにしましょうか。

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